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金曜日
英司は、駅の近くに車を止めて待っていた。
「お腹空いてる?」
「まあまあ」
「前に行ったとこに連れていこうとしてるんだけど」
ぴんとこなかった。
「どこのこと」
「夏に行った魚のお店、憶えてる?」
「…千葉の?」
「ここからは近いよ。帰りは家まで送る」
面倒なことになるかな、という言葉が頭をよぎった。でも、今朝になって英司に連絡したのは僕で、面倒が嫌なら来なければよかったのだ。
英司の車に乗ると、いつも小さな音で音楽がかかっている。今日も、以前に彼の車で聴いたことのある歌が流れていた。僕は音楽を聴く習慣がなく、ほとんど何も知らないので、誰の曲かと尋ねたことはない。答えを聞いても、知らない外国語を聞いたような反応しかできないから。それでも、今日は何の曲か聞こうとしたところで、
「キシに会った話、して」
と英司が突然言った。
その口調は質問というより、指示に近かった。医者が、じゃ口を大きく開けて、と言うあの口調だ。
何を話せばいいのか考えていると、
「どこで会ったの?」
と聞かれる。
「…カフェ」
「何年ぶりだっけ?」
「九年」
英司は、ちょっと驚いた、という顔をした。
「もうそんなになるわけ?で?」
「で…」
「老けてた?」
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