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「いや。変わらなかった。昔のまま」
英司にキシの話をするのは妙な感じだったが、口に出すと何故か落ち着いた。
キシの話をできるのは、キシ本人か英司しかいない。会社の人達とキシについて話す時の疲労感を思い出した。
「昔のままに見えたか」
英司は、呟いた。
「まあ、ね」
「お茶だけ飲んで、帰ったわけじゃないよね」
「お茶だけ飲んで帰ったけど」
一瞬ためらって、
「キスした」
と付け加える。
「は?キス?」
「うん」
英司はその後、何も聞かなかった。
道は空いていた。トンネルを抜けて、海の上を走る道路に出ると、ぽつぽつと船の灯りを浮かべた真っ暗な海の向こうに、工業地帯と街が輝いて見えた。
「この感じ、懐かしい」
「海のこと?」
英司が、さっきまでと違う沈んだトーンで聞いた。
「…うん」
「今日ね。横浜が会場だったから、横浜で会うのは、本当はまずかった」
「うん、確か前の時も、仕事の場所とは離れたとこでごはん食べたよね」
「そう」
少し間を置いて、
「でも今日は、あの別荘に連れて行きたいから、横浜に来てもらった」
と彼は言った。
「嫌なら、無理に行くつもりはないから」
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