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5、トリトマ:切実な思い
あの人のこともっと知りたい。
とりあえず、僕が知りえた情報。彼女はここの学生じゃないこと。
……それくらいしか知らない。
彼女は毎回あの授業に出ているわけでなく、時々来ているだけみたいだ。
後ろをちらりと見ては、やっぱりいないと落胆し帰る。そんな日々を過ごした。
今日も廊下の隅を歩く。
「――君も熱心だね」
「いえいえ。私のわがまま聞いてくださってすみません」
「君なら大歓迎だよ!」
この声は聴いたことある。綺麗で凛とした声。
角を曲がり、僕が見たのは。
美しい笑顔を見せる僕の憧れの女性と、嫌みなくらい爽やかな男の笑顔だった。
心の中に黒い靄が広がる。喫煙者の肺のように。じんわりと黒に侵されていく。
どうしてそんな男と楽しげに話すの……?
彼女は、あんな……女を周りに侍らせてへらへらしてるような男なんて似合わない。
何を話してるの?どういう関係なの?
「――じゃあ、これから授業だから行くね。頑張って」
「はい。堺先生も頑張ってくださいね」
彼女は授業へと向かう堺の背中が曲がり角で見えなくなるまで見つめていた。
彼女は何かを思い出したかのように動き始めた。
僕は、彼女の背中を見つめることしかできなかった。
今の僕の気持ちは?この感情の名前は?僕がすべき行動は?
わからないわからないわからない。何が起こっている。すべてが初めてで混乱しているのか。僕は僕は僕は……
「……今日は授業サボろう。ゲームでもしようかな」
僕が発した虚無の感情は、かすかに震えた音を奏でた。
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