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電車は嫌いだ。
席に座りたいがために、イノシシのように他人を追いやる老人。
当たり前のように優先席を陣取るスーツの男性。
度を越した香水のにおいをどや顔で放つ女性。
椅子の上に靴を履いたまま立ち騒ぐクソガキ、それを注意せず携帯をいじるクソ親。
子供がいるからという謎の理由で割り込み乗車し、人の足を轢いても謝らないベビーカー集団。
通話禁止のアナウンスが流れる中、イヤホンをつけ携帯に話しかける若者。
みんな自分のことしか考えていない。
そんなのが小さな連なった箱に詰め込まれ、運ばれる。
「まもなく、三番乗り場から電車が発車します。閉まる扉にご注意ください――」
中から外へ、外から中へと次々に歩き出す人ごみ。
「あっ……」
不意に流れから強く押し出され、僕はバランスを崩した。
「チッ……」
あぁ…きっと自分はとてもみじめな姿だろうな。
僕みたいな「可哀想」な人間に使える魔法がある。
人の心の声が聞こえる魔法。
(なにしゃがみこんでるんだよ)
(マジ邪魔)
「すみません……」
今にも踏まれそうな電車の定期に手を伸ばす。
自分がとてつもなく無力で、つらくて、恥ずかしくてーー
突然、ふわりと香る金木犀の香り。
「どうぞ」
凛としたその音はすべての音を消し去った。
僕の目に映ったのは黒いレースのワンピースと対照的な白い肌、深紅の口紅、艶めかしく揺れる黒髪。
控えめに微笑みながらぺこりとお辞儀をした彼女は駅の改札の方へと降りて行った。
「魔女のように美しい人だ」
僕の頭はその言葉に支配された。
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