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8、ジギタリス:熱い胸の想い
今までためていたお金の三分の二くらい使ったんだけど……洋服とかそういうのでこんなお金かけてんの?
南もびっくりしてたし、いい感じなんだろうと信じたいよ僕は。
今まで億劫で窮屈だった電車やバスも、人が多くて歩きづらい休日の都会も、キャアキャア甲高い女子高生の笑い声も気にならない!
こんなに変わるんだな! いい気分だ。
今まで電子機器の限られたスペースを見つめていた僕があたりを見渡しているのだから。
電子世界も楽しいが、外はこんなにきれいで楽しい。
ゆっくりと丁寧に止まった電車のドアが開く。
駅の名前の看板を確認したとき、鮮やかな色の中に真っ黒が見えた。
美しすぎる黒。彼女だ。
急いで電車を降りる。金木犀の香り。あの香り。
ぴぴっとICカードをたたきつけ、ひたすらに追いかける。あの綺麗な黒髪の後姿を追い続ける。
薄暗い今を照らすおしゃれな街灯の光だったのが、怪しいネオンに変わっていく。
一人二人が歩いていたのが、千鳥足な集団に変わっていく。
彼女が僕の視界から消えかけ必死に追いかける。
彼女が入ったのはビルの裏側、二階のドア
僕はそのビルの正面に行き、店の看板を確認する。
「shelter……? バーで働いているのか」
今日、行きたいところだがバーなんて行ったことないぞ。
とりあえず今日は諦めよう。どのくらい値段が高いのかもわかんないし。
でもやっと見つけた。やっと会える。僕は変わったから。変わることができたから。
今の僕だったら。
君の目に映ることが、君の耳に僕の声を残すことが、君の鼻に僕のにおいを残すことが、君の体に僕の温もりを残すことが、君の心に僕という存在を残すことが。
できないのだろうか?
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