3、スイセン:うぬぼれ

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夢を見た。 内容をすべてはっきりとは覚えていない。 でも覚えていることがある。 あの日、駅のホームで出会った美しい黒い魔女の笑顔。 「……マジか。……洗ってこよ」 僕に何かしらの変化があっても世界は「勘違いだ」と否定するかのように過ぎてゆく。 いつもの電車に乗り、学校へと行き、授業を受け、廊下を歩く。 「俺、夢精しちゃってた」 「まじかよ! 溜まってんじゃね?」 「あーーヤりてぇ……すぐにヤれる子いないの?」 「そんな女の子いたら、速攻で俺が喰ってるわ」 「お前本当に最低だなーー」  ……下品な会話だ。 僕はあんな低俗な奴らとは違う。 そこら辺の下品な女に、下品な言葉をかけて、腰をへこへこしてるような下等生物なんかじゃない。 僕の想いは誰もが思いつくような言葉では表せないモノなんだ。 謙虚で、清楚で、静かで、貪欲で、黒くて、煮えたぎるような想い。 この想いは僕と彼女だけのモノ。ほかの奴らになんかには分からない。分かるわけがない。 僕の性欲はそういう崇高なモノで、これが伴うこの恋も崇高なモノ。 「低俗なサルどもが」 すでに通り過ぎた男たちへの侮蔑の感情は埃っぽい空気に混ざって消えた。 美しい黒魔女さんが僕の定期を拾ってくれた日から何日、何週間たったんだろう。 いまだに僕は探し続けていた。 でも僕には手段がない。彼女のことは全く知らないし、探る手がない。 僕は、南とは違って友達は多くないから。深く狭くしか付き合ってない。いや、浅く狭くかもしれない。 わざわざ自分より低能な奴らに合わせるなんてことしたくないし、逆に自分よりも優れていると感じてしまう人といるなんて、自分の不甲斐なさに死にたくなるだろうと思う。 だから……かもしれない。自分にふさわしくないだろうと思ってしまうほどの美しい顔、美しい声、そして優しさ。それを欲しいと思った。近づきたいと思った。 初めてだったんだ。こんな気持ちにさせられたのは。 柄にもなく朝の星座占いを見てみたり。 無駄に洒落た高いコーヒーを飲んでみたり。 僕は変わってる。少しずつ、少しずつ。 誰も知らない。誰も気にしない。 僕とあの人だけの物語。……なんて。 少し痛いかもな……。 でも、今ならあの日馬鹿にしたラブソングに、心が揺さぶられる気がしなくもない。
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