〈一幕 直美〉 第3話 暗転

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 唐突に、香世子は蹴落とすようにフォークで苺を転がした。べしゃりと皿に落ちた果実に、ためらい無く、切っ先をぶっすり突き刺す。赤い果実を口に運び、咀嚼し、飲み込み……ようやく、彼女は私に焦点を据えた。  逃げなければ、本能が囁く。けれど、同時に私の本能は美しい幼馴染から逃れられない。香世子が私を見つめる。私だけを。その、恍惚に逆らえない。 「……ねえ。あなた、どうして神社へ行ったの?」  どくり、と血の塊が通っていくように、こめかみの辺りが熱く脈打った。  彼女は淡い白日の下、さらけ出す。  耳を塞いでも、首を振っても、頭を覆っても、透き通った声音はどこまでも追ってくる。  二十年間、隠し通し、忘れようとした私達の秘密。 「あなたは最初から知っていたのよ。私がこの町を離れた理由。――二十年前、あの日、あの時、あの場所で。一体何が起こったか」
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