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清浄な白に、本当に何の感情も無かったのか、それとも別の思いが込められていたのか、私は問うべきだったのだろう。
けれど透明な水にインクを垂らしたが最後、瞬く間に黒く汚染されてしまうのではないかと、恐れていた。
きけない、わからない、ふれられない。
それは、白い邸に住む年上の女性にも同様に抱いていた疑心だった。
坂を上がり、木立を抜けたその先に建つ高台の白い邸には、美しい人が住んでいた。
訪れるたびに、甘くとろける、上等なお菓子を振る舞ってくれるその人。
胸の鼓動が速く打ち付けるのは、お菓子への期待か、坂を駆ける息切れか、それとも。その時の私は、湧き上がる感情にまだ名前を付けていなかった。
「香世子さん、」
真っ白な吐息と共に吐き出した声は、少しばかり震えていたかもしれない。十二月初旬。例年よりも冷え込みが厳しく、年内中に積雪があるだろうと天気予報士が言っていた。ちらり見上げた空は、なるほど重たげな鈍色をしている。
駐車場に停められた、空の色とは対照的な赤いフォルクスワーゲンからほっそりとした人影が出てくる。そう身長が高いわけでもないのに、すらりとした印象があるのは、華奢なヒールのブーツと細身の灰色コートのおかげだろうか。白いモヘアのスヌードとつやつやの黒髪がその人の顔を一層小さく見せていた。
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