〈二幕 美雪〉 第5話 再演

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 私が幼稚園の頃に引っ越してきたというが、元々はこちらが実家で、戻ってきた、というほうが正しいのかもしれない。母とは同級生で、短い期間だけれどクラスメイトだったこともあるという。  母と同級生。同い年。つまり、彼女は四十代前半のはずだけれど、きちんとティーポットで、もちろんティーカップは温めて紅茶を淹れているその人はとてもそんな年に見えない。せいぜい三十代前半、二十代だと言われても信じてしまうだろう。独身でフリーライターという職業を差し引いても、驚くべき若さと美貌だった。 「お砂糖は三つだったわね。熱いから気をつけて」  ようよう暖房が効いてきたリビングで、シックな色合いのソファに身を埋めていた私にかぐわしい匂いが届く。焼き菓子を添えて、ティーカップをテーブルに置くその指先には派手すぎないマニキュアが丁寧に塗ってあった。 「寒かったでしょう。でも、受験生なんだから気をつけてね」  香世子さんはローテーブルを挟んだ向かいに腰掛け、上品に苦笑する。全部お見通しなんだ、と私はお手上げの気分で、柔らかすぎないソファに背を預けた。  親でもなく、教師でもなく、同級生でもない。けれど今、私が最も信頼している人間。それが香世子さんだった。とは言っても昔から親しくしていたわけではない。香世子さんと話すようになったのはこの一年ぐらいのこと。     
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