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ふと、彼女を最後に見たのも、こんな日だったなと思い出す。後から後から、舞い降りる、冬の使者。その下で、覆い隠されてゆく、白く美しく清浄な少女。彼女のために用意された舞台装置か、あるいは彼女自身が引き連れてきたのか……
「白雪姫みたいね」
柔らかな声音に、私は我に返った。
木製のテーブルを挟み、向かい合う幼馴染は、とおの昔に少女を卒業している。揺れるショートボブ、ツイードのロングジャケット、三連ダイヤのネックレス。どこから見ても成熟した女性の姿だった。だけれど、この、野兎を連想させる黒々とした眼差しは変わらない。彼女の呟きに、自分の心が読まれてしまったのではとドキリとする。
「今、いくつ?」
だが、彼女が見つめているのは私ではなく、私に寄り掛かって眠る娘の美雪だった。
「先月、四歳になったばかりよ」
安堵と微かな失望を味わいながら答える。
出先だというのに、美雪はくうくうと安らかな寝息を立ていた。目を覚ませば癇癪を起こすので、あえて眠ったままにさせている。邪魔されたくないという想いも、正直あったかもしれない。
「はだは雪のように白く、ほっぺたは血のように赤く、髪の毛は、この窓わくの木のように黒い子どもが、うまれたらいいのだけれど……」
唐突に発せられた、詩でも諳んじるような口調に、面食らう。香世子はテーブルに片肘を突き、わずかに身を乗り出して、微笑んだ。
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