亀の甲羅で一万年

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 もう、どれくらいの時を過ごしたのだろう。  例え一万年と言われても不思議には思わない。  夢か現かなど考えるまでもなく、今の私にはこの世界が全てだった。  最近、身体のような意識のような、私の体を成すものに変化が感じられる。輪郭が曖昧にぼやけて、崩れて溶け落ち、まるで亀の甲羅の中の液体になってしまうような。いずれはそうなるような気がしてならない。いや、そうなるのだろう。実際、五感全てが薄れてきている。  さらに時は進み、どろどろになって流れ落ちた私の最後の欠片も、溶けようとしている。  甲羅の中から見える景色など、もう随分と前に無くなっていた。  暗闇がまた覆った。  潮の匂いと、冷たくまとわりつくような水を感じる。まるで海に浮いているような揺らぎも。  私は消えたはずだ。なのにこの感覚は?  目を開けてみた。  顔にキラキラ光る波が押し寄せてくる。顔にかかるしぶきにも違和感はない。それが当たり前のように。  遠くに水平線が見えた。そこに向かって、あてもなく漂っているようだ。  状況が飲み込めない。ただ、浮いて漂っているのは分かる。  いきなり背中に重みを感じた。そんなに重いわけではない。小さい頃に抱いたことのある、産まれたての子猫のような重さだ。 「なに!? なんで海の上にいんの? えっ!? 亀の甲羅の中!? 夢だよね!?」  若い女性のような声に、私は懐かしく思い出した。ああ、私もそうだった。最初は驚いたよ。  そうか。私は亀になったのか。じゃあ、彼女は私の代わりなのか? 私が乗っていた亀も誰かだったのか? いや、今考えることはそれじゃない。彼女にどんな景色を見せてあげるかの方が大事だ。飽きさせないように。時間を忘れさせるように。そして、夢の虜になるように。  私は自然とそう思い、ゆっくりと海の中へと潜り始めた。 了    
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