46 またアサッテNO・1 前編

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46 またアサッテNO・1 前編

「『中島公園5時間リレーマラソン』ですか」 「ああ。誰がこんな企画を考えたんだろうね」  札幌の蒸し暑い夏の夜。公民館で猪熊はみんなにチラシを配った。みんなは渋々と受け取る。 「ええと、エントリーした選手を説明するよ。小学生男女は個人情報で秘密だけど、十代女子は小花ちゃん」 「はい!」 「十代男子は拳悟」 「ういっす」 「そして成人女子は久美」 「あいよ」  犠牲になるのは慣れっこの三人に猪熊も優しい目で見つめる中、説明を続けた。 「成人男子は今日はいないけど、高齢者部門の男子、健三郎さん」 「おう」 「そして私、猪熊。以上の選手で行います」  張り切っている猪熊に一同はパチ、パチ、パチ、とゆるい拍手をした。猪熊はやる気のない彼らに一喝する。 「ちょっと! しっかりしてよ! これは地域の沽券にかかわるんだからね」  気合い十分の猪熊にあぐらをかいていた拳悟が質問した。 「5時間リレーってさ。ルールが良く分かんないんだけど」 「まだそんな事言ってんの? まあ、こういうことさ」  猪熊の説明では、五時間掛けて中島公園の周囲約一㎞を皆でぐるぐる走って周回数を競うものというものだった。 「じゃあさ、一人で何周も走っていいの」 「そうだね、でも最低一周しないとタスキは渡せないらしいよ」  拳悟は隣に座る小花を目をやった。 「そうなると、若い俺らがたくさん走るのかな……なあ、小花」 「そうですね。小学生のちびっこには無理をさせられないですもの」  頷く小花と拳悟の頼もしい言葉を聞いた久美も手を挙げた。 「猪熊さん。これってマラソンになっているけどさ、歩いても良いんでしょう」 「もちろんだよ。大会に問い合わせしたから」  端から走る気がなかった猪熊は、これでも責任を持つつもりで調べておいた。 「どうかな。健三郎さん」 「……この資料をみるとだな、十人までエントリーできるみたいじゃないか」  久美も資料を読み返す。 「猪熊さん、ケガ人がでるかもしれないんだからさ、遠慮しないでもっと欲張ってエントリーしておいたら?」 「そうかもね。分かった! 検討しておく!」  資料を読み進める健三郎は眉を顰める。 「しかし、猪熊さん、この成人男性は誰なんだ」 「少年サッカーチームのコーチなんだ。参加のちびっこも一緒に今度の練習にくるから紹介します。では明後日に予行練習するね」  そして後日の夕刻。強制的に練習で集められた選手は、中島公園でストレッチをしながら猪熊の話を聞いた。 「まず紹介します。こっちから拳悟、鉄平、久美。そして小花ちゃんに、えーと」    なぜか小花が頬を染めてスっと前に一歩出る。 「雫印の前田武さんですわ」 「よろしく」  小花に頼まれた武は綺麗に会釈した。牛乳配達をしている彼は日焼けした近所の人に働き者だと知られていた。 「牛乳の人ね。そして健三郎さん。そしてサッカーのちびっこ女子のホマレちゃんに、男子のカズくん。そしてコーチの」 「竹田です。よろしく」  若いコーチを少年カズは紹介する。 「皆さん、うちのコーチ独身なんでよろしく!」 「ハッハハ! お前黙れ! カズ!」 「元気だね? そして私、猪熊です、ええ人数は」  猪熊がそう言うと久美が、いち、にい、と人数を数え始めた。 「小花、牛乳、拳悟、鉄平、健三郎さん、カズくん、ホマレちゃん、コーチ、私に、猪熊さん、うん……十人だし。いいんじゃない」 「ではゆっくり走るよ、私は歩くけど」  こうして十名は夕暮のコースを走り出した。 「ねえねえ。お姉さん。お姉さんは彼氏いるの?」 「まあ? ウフフ」  ホマレとカズの質問に小花は微笑みで返す。 「笑ってないで教えてよ、あ。お兄さん邪魔しないで」  ……それが俺たちなんだよ。  ……小花に構うなよ。    うるさいガキをブロックするために鉄平と拳悟は小花を守るように無言でポジション取りをしながら走っていた。 「くそ。どいてよ」 「お姉さんと走りたいの」  ホマレとカズがうるさいので拳悟は声をかけた。 「うるせ! くやしかったら、ついてこい! 小花っち、ペース上げるぞ」  そういって健脚四人の鉄平、拳悟、小花、武は先へ行ってしまった。 「すっげ……あいつら背がでかいから早え! あ、オジサンも?」 「おい、ガキ、先行くぞ!」 そう言って健脚老人、健三郎も四人を追う様に走って行った。そして残ったのは、ちびっこ二人と竹田とおばさん2名だった。 「くそ! 俺、行くからな。ホマレも来い」 「あ、お兄ちゃん。待って!」  こうして身軽な二人も大人を追走し始めた。  こんな爽やかな光景を、すでに周回遅れになりそうなペースのオバサン二名と竹田は穏やかに歩いていた。 「竹田君さ、私達と一緒じゃダメだと思うよ」 「俺もそう思います」 「何歳になったの」 「53です」 「もう手遅れか? アハハハ」  昔はかっこよかった竹田はひどいと猪熊に食い下がる。 「そんなことないですよ? 俺はまだ運命の人に出会ってないだけですから」  そんな恥ずかしい中年男は、ビールの飲み過ぎで出た腹を押さえつつ、大汗をかきながら早歩きをした。  そしてオバサン2名と竹田が1周して伸びていた後、3周を走り終えた選手が続々と戻ってきた。 「はあ、はあ……」 「1番は、小花ちゃん。2番は武くん、3番、カズくん、4番、拳悟、5番、ほまれちゃん、6番、鉄平、7番は健三郎さん」 「そして私ら三人か、こんなもんだね」 「はあ、はあ、カズもすげえけどさ。はあ、はあ、武さん、凄いですね」 「……普段配達してるんで」 「息も乱れてねえし? はあ、はあ」  何事も無かったように鈴子にタオルを渡す武に驚いている拳悟に、小花は嬉しそうに言った。 「拳悟さん。牛乳はね、飲むよりも配る方が健康にいいのよ」 「鈴子様? さすがにここでそれはちょっと」 「あのさ。さっきからずーと気になっているんんだけどさ。武さんて、小花っちとどういう関係なの?」  ちびっこに抜かれて6番だった鉄平は、草むらに腰掛けてみんなが聞こうと思っていた話を代表して聞いた。 「武さんは昔、雫印の牧場にいたんですけど。私はよくそこに遊びに行っていたので、幼馴染みなんです」 「「「幼馴染み~~~?」」」  これには一同が大声で叫んでしまった。武は表情を変えずに改めて挨拶した。 「はい、改めましてご挨拶いたします。私は前田武と申しまして、この夏、研修でこちらの中島公園販売店でお世話になっています」  すっと頭を下げた彼に、一同はまだ驚きを隠せなかった。健三郎は震える指で二人を指す。 「で、では、その……二人って、最近偶然に再会したのか?」 「そうよなんです、健三郎さん。ね? 健四郎?」  小花は犬の健四郎を撫でた。木に長い綱で繋がれていた健三郎の愛犬に挨拶すると、犬はワォン!と吠えた。 「オホホホ。カモン! 健四郎」  健四郎は小花に向かってダッシュしてきた。 「ステイ! 健四郎! ステイ!……」  健四郎は小花の命令通りおすわりをした。これには一同がおおおと感心の声をだしたが、これを隣でみていた武は眼を細めた。 「鈴子さま。この犬はこの辺一帯では類を見ない利口な犬です……おいで」  動物に親しい武は指をパチンと鳴らした。 「健四郎! お手、そして……お代わり。そうだ! そして……立て。ほら」  すると健四郎は武の意のまま後ろ足で立って周ってみせた。 「お、お前、そんな事ができたのか?」  飼い主の健三郎も驚愕の事実している。武は健四郎を撫でながら木から外した綱を握った。 「よしよし……お前は賢いぞ……いいか、行くぞ!」  そういって武は健四郎と走りだした。武はランニングコースの真ん中にある自動車の通行止めのバリケードへ突っ込んだ。 「……ジャンプ! そうだ! よし! よくやった!」  見事に飛び越えた健四郎に、公園にいた他の人も拍手をした。 「偉いぞ……最高だ。お前は何でもできる! お次はこれだ。行け!」  武はそばに落ちていた枝をほおりなげた。すると武の声を待たずに健四郎は駆け出し、ジャンプして空中キャッチした。 「キャ~~! 健四郎」    小花の歓声以外にも驚きの声が上がった。 「ねえ、あの犬って凄かったんだね」  久美の話に息子達はうんと頷くだけだった。武と健四郎の美技は続く。  「そうだ! 良しよし……よくやった」  枝を咥えて拾ってもどってきた健四郎は、武に褒めてもらいこの上ない喜びが全身から溢れていた。武はその想いを汲んだ。 「行くぞ。健四郎。バキューン! 死んだふり!」  すると健四郎は横に倒れて大人しくなっていた。これにも歓声が上がった。 「よし! おすわり。お前はいい子だな……最高だよ、皆さん。彼の実力は以上です」  この犬芸に周囲の人からは称賛の拍手が鳴っていた。武は健四郎を抱きしめる。 「見ろ、健四郎。みんなが……世界がお前をようやく認めてくれたぞ」 「ウオン! ウオオーン!」  やっとここで飼い主が健四郎の元にやってきた。 「あの、すまないが、それは本当にうちの犬かね?」  すると小花が間に入った。 「そうよ。あのね。健三郎さん、武さんは動物とお話しができるのよ」 「それだけではないですが、彼は賢い犬です」 「ウオン!」  そんな時、カズが武の服をつんと引いた。 「あのさ。お兄さん。いつもその犬で訓練しているの」 「いいや。いつもただ見かけて、簡単に遊んでいただけさ。さあ、それよりも鈴子様、ストレッチをしましょう」  こんな超強力な幼馴染みの登場に面喰った田中兄弟は、母に背中をバーンとぶっ叩かれて眼を覚まし、これに奮起し武に必勝を誓った。  こうしてリレーまでの期間、朝と夜の練習が始まった。元々小花達や健三郎は走っていたので、改めて課すトレーニングは無いが、ちびっこと無理のできないオバサン以外の人には頑張ってもらう事になった。 この朝は小花も追走した。 「頑張って竹田さん」 「くそ……膝が」 「コーチは言い訳ばっかだし」 「だからお嫁さんが来ないのよ」 カズとホマレのツッコミに小花は笑みを浮かべる。 「お口が過ぎますわ。さあ、二人は朝顔の観察があるんでしょう? では一緒に自宅まで一緒に帰りましょう。では竹田さんはお一人でマイペースでどうぞ」  早朝のランニングの後、小花は仲良し兄妹と走っていた。二人の家では朝顔が咲いている。 「わあ? 綺麗に咲いているわね」 「うん。毎日お水をあげているの」 「ホマレちゃんは偉いわね……」  ブルーの朝顔を大切にしている女の子が可愛らしくて、小花は頭を撫でていた。 「これはね。夏休みが終ったら、また学校に持っていくから枯らすわけにはいかないの。でもね。お兄ちゃんの時は水をあげなかったら、ほとんど枯れかかっていたのよ」 「まあ。それじゃ先生に怒られたでしょうね」 「ハハハ! 他にもっと枯れていた奴がいたからセーフだし」  小花は朝顔をじっと見つめた。 「でも、また学校に持って行くなんて面倒ね」 「ううん! 今度はこのツルを使ってクリスマスのリースを作るって先生が言ってたわ」 「素敵ね! でも、カズ君の時はどうしたの」 「ん? 俺? 枯れてるからポキポキでさ。リースを作ったら『小鳥の巣?』ってお母さんに言われたよ」 「キャハハハ……おかしい。涙がでてきた」  そんな小花にホマレは真顔を向けた。 「ねえ、小花さん。明後日頑張ろうね」  ホマレはこのレースにライバルチームの子が参加していると話した。 「私、あんな女には絶対負けたくないの。裏アカでホマレを馬鹿にしているようなの」 「まあ、許せないわ、とにかく。私たちは正々堂々と戦いましょう」  しかし。カズはサッカーボールを蹴り、リフティングを始めた。 「ホマレ。小花さんじゃなくて、うちのコーチが問題だよ」 「それは大丈夫よ、お兄ちゃん、1周しか走らせないから」 「フフフ。アハハ……あれ」  仲良し兄弟の会話を聞いていた彼女達の傍に自転車がすっと停まった。 「鈴子さま、会社に行く時間です。これは、君達の家の牛乳です」  武はカズに牛乳を渡した。小花は青ざめる。 「大変だわ! じゃあね、ホマレちゃん、カズくん」  そう言って走って行った小花と自転車の武の後ろ姿を二人はじっと見ていた。 「大人は忙しそうだね」 「俺達だって忙しいぞ。一行日記を書かなきゃいけないし」 「あ、朝顔の観察しなくちゃ」 「『今日もキレイに咲きました』でいいんじゃね? 俺は家に入るぞ。『あなたの知らない世界』を予約するんだ!」  兄妹は夏休みの朝を始めた。夏の朝の中島公園1丁目は明後日の5時間リレーマラソンを前に、粛々と準備が行われ、各自、静に闘志を燃やしていたのだった。 初公開 2019・7・16 再公開 2024・11・34
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