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47 またアサッテNO・1 後編
『夏空の札幌。今日も気温がぐっと上がる見込みですが、ここ中島公園にはもっと熱い選手が集まっています』
司会を務める南郷ひろ美は、マイク片手に試合前の選手にインタビューをしていた。
『それではお話しを聞いてみます。おはようございます! こちらはどういうお仲間ですか?』
マイクを向けられた千葉は頬を染める。
『我らは里見中学校のPTAです。暑さに負けずに頑張ります』
そしておう! と手を挙げた千葉だったが、仲間は誰も一緒に手を挙げてはくれなかった。司会者は笑みでありがとうと伝えて次の人を探す。
『ではこちらの女性チームの声を掛けてみますね。わあ? 可愛い衣装ですね』
人物じゃなくて衣装を褒められたサリーは、ちょっとムッとしたが、カメラに向かって微笑んで見せた。
『私達は札幌から世界を目指しているアイドルグループでーす』
そして全員でカメラに向かって手を振り、笑顔を見せたのだった。司会者は軽く微笑み次に進む。
『では! 今度は男性チームですね。おはようございます』
『チース! ススキノホストのJOYでーす』
仕事明けのスーツ姿の彼らに南郷は面食らっていた。
「あの、大丈夫ですか」
『平気っす? ご期待くださいね~~イエイー』
まだ酒が残っている気がしたが司会者は次の人へ向かう。
『おはようございます。こちらはどういう仲間ですか』
『はい! 私達は北海道体育大学の学生チームとその家族です』
鍛えられた体格が眩しい優勝候補に他の参加者も注目した。
『すごいメンバーですね? これは楽しみなチームです、そしてこちらは地元でしょうか』
中島公園と書かれた団扇を持った人達の中から、選手が登場した。
『どうも、代表の猪熊です』
『応援がすごいですね。さすが地元です』
猪熊は腰に手を当てる・
『はい。ここはホームなので、しっかり守りたいと思います』
『早くもレースは始まっているようです! では。スタートまでお待ちください』
そんな中、猪熊と久美は出走順を吟味していた。
「涼しい時間は、竹田君に走ってもらおうか」
「でもちびっこが先がいいんじゃない」
「どうしようかな」
「おはようございます! 小花さん」
「まあ? 伊吹君」
伊吹は里見中学校のPTA新聞の為の写真を撮るように言われてここに来ていたと話した。
「でももう写真は撮ったので用事は済んだんです」
「そうかい。じゃあさ、私達の監督をしておくれよ」
伊吹は家庭教師の猪熊の頼みで、総監督となった。走らない伊吹はチームの選手を顔を見ていた。
「ええと、初めて会うのは、健三郎さんとサッカーの人と、あれ、あなたは」
「また逢ったな」
「あ。あなたは、あの」
夏の富良野で武に逢った事のある伊吹は、彼の眼差しだけで全てを悟った。あの時の武は馬の世話をしており、小花とは古いからの知り合いで、訳ありの感じであった。
……そうか、小花さんが心配で富良野から来たんだ、この人は。
同時に武も伊吹の心を視ていた。
……この眼差し、この少年はお嬢様が夏山の令嬢だと知りながら、それを胸に秘めて、こうして影で支えているのか……
そんな二人は思わずふっと笑みをこぼして握手をした。
「改めてよろしく。俺は武でいい」
「僕も伊吹でいいです。それよりもリレーですね?」
笑う二人に首を傾げた小花に、背後から声が掛かった。
「小花さん。やっぱり出るんだね……」
「まあ洋子ちゃん? お出でになったわね。拳悟さん! 洋子ちゃんよ、ねえ! 洋子ちゃんがいるんですってば!」
BMMの試乗会で行動を供にした拳悟は、今日もばっちりランニングウエアが決まっていた洋子におう! と手を挙げて挨拶をした。
「どうした? その後の腹筋は?」
「見ますか? こんな感じ……」
自転車の時、筋肉自慢で知り合った拳悟と洋子は早速トレーニング自慢を始めた。
「さわっていいか? お、硬え?」
「へっへへ。ねえ、洋子の上腕二等筋も見てください!」
二人は嬉しそうに筋肉自慢をしていた。この様子を見た久美と鉄平が小花の背後に立つ。
「ねえ、小花ちゃん、あの子だあれ?」
「俺も初めて見るし」
「ああ、お二人はご存知なかったのですね」
小花は洋子を紹介した。ボクシング漬けの拳悟が、やけに親しげにしている女の子に興味津津の母親の久美と鉄平は聞いていた。
「バーマン洋子ちゃんは私のスポーツ仲間のですわ。お父様はIT関係のお仕事で、洋子ちゃんは伊吹君と同じ中学校の三年生なの」
「「へえ~~~❤」」
拳悟のガールフレンドを見た母と兄は嬉しそうに声を上げた。小花は得げに話す。
「先日BMMの試乗会でご一緒になったので、ああやって筋肉談話ですけど」
「でもさ。珍しいよな! なあ、母さん。おい?」
「……鉄平。母さん。ちょっと挨拶してくる」
久美は嬉しそうであるが、中学生の女子にはキツイを判断した鉄平は母を止めた。
「バカ! 止めとけ! 壊す気かよ。なあ、今度にしろ!……今度に! ほら、行くぞ」
「そうよ。久美さん、鉄平さん。私達も行きましょう」
やがてスタート時刻が近づき、メンバーは伊吹の話に輪になった。伊吹は作戦を立ててくれた。
「えーとですね。まずこのレースは周回数の勝負です。けっして早さばかりじゃないんです」
伊吹は屈んで地面に小枝で図を描いた。
「スタート直後は、ダンゴ状態です。だから早さは関係ありませんし、揉まれる事による転倒が怖いです。そこでトップは竹田さんです」
……武田さんは体格がいいしから転ばなそうだし。
そんな理由で選ばれたのに武田は拍手をされてすっと頭を下げた。
「元サッカー選手。お初を行かせていただきます」
調子に乗っている武田に伊吹は作戦を言う。
「竹田さんは転ばない様に人をかき分けてとにかく前に出てください。それに最初はスピードが出ないと思いますので」
そしてバトンの交代も竹田の疲労と人の多さを考慮して、1周か、2週にすると言った。
「そして2番手は猪熊さん」
「よっしゃ!」
「そして3番手は久美さんです。この時から先頭を狙ってください。とにかく前へ前へ人をかき分けて進んで下さい」
「図々しいのは得意だから任せてよ」
「私たちは1周しかしないからぶっ飛ばすよ」
そして4番、カズ、5番、健三郎、6番、ほまれとなった。
「ほまれちゃんは、ちゃんと健三郎さんを見つけてあげて欲しんだ。バトン交代の時」
「はい。おじさん。よろしくね」
「おお。お前が頼りだからな」
「僕の作戦ではこの辺りで先頭グループになりますが、ここから気温がぐっと上がってきます。ここからうちのスピードスターを導入していきますね」
話を聞いていた鉄平は隣にいる小花を見下ろす。
「小花っちは暑さに強いからな」
「鉄平さんもでしょう? 真夏の体育館は暑いもの」
他にも武や拳悟もここになると話し、他は戦局を見て決めると話した。
こうしてリレーはスタートする事になった。中島公園の選手はお揃いのグリーンのユニフォームで決めていた。
「じゃあね。小花さん。拳悟さん」
洋子の挨拶に小花と拳悟も応じる。
「おう! 手加減なしだぜ」
「戦場で逢いましょう。洋子ちゃん」
「はい」
するとこっちを忘れるな! と言わんばかりに声がした。
「小花ちゃん! 私達も走るわよ」
「サリーちゃんもですか? じゃあ、仲間に写真を撮ってもらってインスタにあげてもらいますね」
「小花さん! 千葉もです」
「あら。千葉会長。今日もランニングがお似合いですわ。敵に不足はございませんわ」
そんな小花はふと自分を見ている選手と眼が合った。
「松野さんですか」
「そうよ。今日はね。最高の仲間を連れて来たわ」
体育大学の学生は、見るからに鍛えている身体であり、そのOBとその子供が、ストレッチをしていた。
「今日こそはあなたに大通りマラソン、洞爺湖マラソンの雪辱をここでお返しするわ」
なぜかメイクばっちりで闘志をみなぎらせた彼女に、小花もすっと向いた。
「……受けて立ちます、では」
そういってくるりと向きを変えた彼女は仲間の元に戻っていた。そんな小花にほまれが服を引っ張る。
「小花さん。ほまれのライバルもあのチームなの」
「……相手が誰であろうと、私は全力で走るのみです。行くわよ! ほまれちゃん」
「は、はい?」
普段は涼しい顔の小花の臨戦態勢の静かな炎を称えた様子にほまれは思わずぞくとしたが、彼女の手をしっかりと握れ、戦いの火ぶたは切られたのだった。
「伊吹くん。予想通り、最初の1周は危険でスピードが出せないみたいだね」
「伊吹の睨んだ通りだな。他のチームは」
猪熊と鉄平の声に双眼鏡を持った伊吹は頷く。予想通りの団子状態で走る一週目はスピードは出ていなかった。このため竹田も前の方を走っている。
「鉄平さん。今入った情報によると体育大学の選手はおばちゃん達に揉まれて集団から抜け出せないみたいです」
「よし。いいぞ」
中島公園1丁目の町内会のメンバーは各ポジションに立ち、この猪熊の本部にメールで情報を送っていたのだった。その猪熊のスマホは現在、総指揮監督の伊吹に送られている。
「ん? なんだろう。Cポイントで転倒者続出ってありますけれど」
伊吹の問いに鉄平が答える。
「あそこは日陰だから、路面がぬるっとするんだよな。気を付けようぜ」
「了解ですわ。あ! 竹田さんが戻ってきたわ。お疲れでございます」
「はあ、はあ、何とか大役をこなせたかな」
元サッカー選手の竹田は、指示通りにたくさんのランナー、とくに女性を交わし見事2周をし、上位で猪熊にバトンを渡し小花から水を受け取っていた。
これを継いだ猪熊はもちろん低速であったが、背後からきたランナーを徹底的にブロックし、順位をなるべく下げない様に久美にバトンを渡した。
これを受け取った久美は、コスプレしているチャラチャラしている輩が気に入らなかったので、どんどん抜かして行った。
「来た……うわ? 久美おばさん、怖い顔だな」
「行け……カズ!」
久美からバトンを預かったカズは、小柄な体型を生かし、どんどん人を抜いて行った。あまりの早さにあっという間に彼は先頭に追い付いた。このレースを鉄平は伊吹と見守る。
「どうする? あれって、前を抜いたほうがいいのか」
伊吹は今日の暑さやカズの運動量を計算していた。
「はい! 涼しい時間帯に、ガンガン行ってもらいます。抜いていいので指示を出してください」
「おい! 指示を出せ! カズには先頭に行かせろ!」
この指示を聞いた鉄平はコースを走るカズに伝えた。そしてトップに立ったカズは2周で健三郎に交代した。状況を見ている伊吹は鉄平に語る。
「この週は健三郎さんの足ならしです。健さんは同じラップで走ることができ安定しているので、順位が安定してきたら又走ってもらいます」
「お前すごいな。良かったよ、来てもらって」
「僕も力になれてうれしい、あ。ほまれちゃんだ、どうかな」
たくさんのランナーの中、相手を探せない健三郎の為に、彼女は自ら迎えに行った。
「おじさん、寄こして」
「はいよ!」
そして奪う様にバトンを持ったほまれは、ものすごい速さで走り出した。
「うわ? オーバーペースじゃないか」
「これでいいんです。見て」
彼女の背後には、体育大学チームのちびっこが、彼女を追っていた。事情を知っている小花は鉄平に教えた。
「これはライバル対決なんです。伊吹君、ほまれちゃんは何周走るの?」
「2周ですね」
鉄平も眩しさに目を細めた。
「2周か。頑張れ、ほまれちゃん」
ほまれのライバルは彼女よりも背が高く美人だった。そんなライバルはほまれに近付いてきたが、コーナーを曲がるのが上手いほまれを抜けずにいた。
「次は、鉄平さんね。よろしく」
「その次は小花っちか。俺、もう行くわ」
鉄平はバトンを交代する場所でほまれを呼んだ。
「ほまれ! 来い! ここだ。俺のところに来い!」
北海道を代表するバレーボールのイケメン貴公子の鉄平の声援に、観客まで胸がキュンとなっていた。
「はあ、はあ、これ!」
「いい子だ……よくやったぞ! ほまれ」
そしてライバルを抑え切ってバトンを渡し終えた彼女は、その走りよりも、鉄平に褒められた充実感に酔い、ライバルにドヤ顔をして仲間の元に戻ってきた。
「おつかれ。お前、なにニヤニヤしているんだよ」
「お兄ちゃんは黙っていて」
カズとほまれはふざけていたが、伊吹はこの戦況に悩んでいた。
「伊吹くん、どうしたの? お腹が空いたの?」
「いいえ、小花さん、2位の体育大学が早いんですよ」
伊吹はレースの様子を見ていた。
「鉄平さんも早いですが、リードを広げるほどではないですし。それに3位も迫っていますね」
「伊吹君。私が行きますわ!」
小花は上着を脱ごうとしたが、これを彼が止めた。
「いえ、私に行かせてください。自分がペースを現状で抑えます」
武の話によると、このまま1~3位のままで一緒に周回をこなした方が良いと言った。
「選手層が薄いチームは最後まで着いてこれません。そして相手が疲れ切って一番気温の上がった時間に鈴子様の投入が効果的です
話を聞いていた伊吹は眉をひそめた。
「それも一つですが」
「バクチだね」
久美の言葉が響くが、猪熊は水を飲んだ。
「でも……それで行こう。勝つ可能性に賭けようじゃないの」
この猪熊の声で、次の走者は武になった。そして武は持論通り、持久戦に持ち込むことに成功した。さらにバトンタッチした健三郎、拳悟も交代で走り、現状の順位を保ち小花を温存させていた。そんな中、司会者は解説する。
『いよいよ佳境入って来ました。現在トップは中島公園1丁目。2位は北海道体育大学。そして3位は札幌里見中学校PTAです』
このアナウンスに、地元の応援団はわっと声を挙げた。
『おそらく何も無ければこの優勝はこの3組になるもようです。そしてなーんと3位の里見中のバーマン選手はほとんど一人で走っています』
待機中の小花がみると、里見中のブルーシートには見覚えのある保護者がへばって座っていた。
『恐ろしい底力です。ああっとここでバーマン選手が転倒!』
「きゃあ! 洋子ちゃん」
コースの横で観ていた小花は、思わず悲鳴を上げてしまった。そんな洋子に、彼が走り寄り肩を貸した。
『ああとこれは。1位を走っていた中島公園の選手が、戻って彼女の肩を抱いて、ゴールを目指しています』
拳悟は走るのをやめてバーマンをや助けていた。
「バーマン、しっかりしろ。小花っちに勝つんだろう」
「はあ、はあ、拳悟さん、洋子のことなんか、いいのに、はあ、はあ……」
「いいんだ。こっちはまだ、はあ、はあ、怪物がいるから」
会場には感動の拍手は鳴り響いてた。二人は後続に抜かれながらもゴールを目指した。
『……中島公園1丁目、田中拳悟選手と、転倒したバーマン洋子選手は、次の走者に、今……やっとバトンを渡しました!』
そして洋子は迎えに来たミスターバーマンに抱きかかえられ、拳悟はすまなかったと本部に顔を出した。
「何を謝っているんだよ? お前は漢だね……母さん、泣けて来た……」
「そうだよ。大丈夫だよ、小花ちゃんがいるから、ね」
久美と猪熊が泣いているの見届けた小花はストレッチを終えた戦闘モードで立ち上がった。
「……行ってきますわ」
拳悟と代わったカズは、一周ほど空いた差を縮めようと爆走していた。その時、カズを待つ小花の隣に次の走者の松野が並んだ。
「ようやくお出ましね。勝負よ」
「誰ですか? ああ、松野さんですか」
メイクが落ちた彼女が別人に見えた小花のボケは松野に火を付けてしまった。
『先頭の体育大学は、今、松野のバトンを渡しました』
しかし、2位のカズはまだ来なかった。暑い風の中、小花はじっと心を落ち着かせていた。
……大丈夫、私は私の仕事をするだけよ……
『2位の中島公園は、本日初の走者の小花選手ですが、今、バトンを受け取りました!』
そしてバトンをしっかり握った彼女は、いつものランニングコースを走り出した。その様子を一同は見ていた。
「どうかな、小花っちは」
「さすがにスイッチが入ったようですよ、鉄平君」
周回遅れの選手達を彼女は大きく交わして進んで行った。このコース取りでは走る距離が長くなるが、今の小花は迷いは無かった。
『おっと! ここで、いつの間にか中島公園1丁目が1位の背後に迫っています』
これを見た武が解説をした。
「伊吹くん。いつもの鈴子様でしたら背後で我慢をして最終的に抜くかと思うのですが、今日は無理の様ですね」
「僕もそう思います」
二人がそう言いきらないうちに、小花は1位をあっさり抜き、スピードを上げた。
『早い早い早い! 中島公園一丁目が一位に踊り出ました!』
そして小花は半周の差を付けたが、手を抜かず周回遅れを次々と抜いて行った。武は心配そうに時計を見た。
「伊吹君。このマラソンは何時までですか?」
「15時までです」
「もうすぐ13時か……もしかしたら鈴子様は最後まで走る気かもしれません」
「は? 2時間あるぜ」
驚く鉄平に声にほまれは首を横に振る。
「……いや、小花さんはやるよ。ねえ。お兄ちゃん」
「ZZZZZ……」
カズは疲れて寝ていた。鉄平とほまれは呆れながら健三郎を見た。
「健三郎さんも暑さでアウトか……で、拳悟も彼女に付きっきりか?」
使える選手は、小花以外は鉄平、武、そしてほまれになった。武は走っている小花と話をしてきた。
「……今、鈴子さまに聞いてきました。やはりこのまま続行です」
「しょうがねえな。熱中症にならなきゃいいけど」
小花はみんなの心配をよそにこのまま爆走した。鉄平は何度も交代をせがんだが彼女は首を振って、意地と根性で走り続けた。
『いや~すごいです。確かにペースは落ちましたが、小花さんの勢いは止りません』
司会者の声を聞いた鉄平は、顔を顰めた。
「……途中で水を渡したが、さすがに危ないな」
「僕もそう思います。小花さんは最後までは無理です」
「でも言う事聞かないぜ?」
「小花っち……」
「ねえ。私は行くよ」
武、伊吹、鉄平、拳悟の話に、彼女が切りこんできた。
「私ならバトンタッチするはずよ」
「そうだね、じゃあ、頼むよ」
こうして伊吹の了解でほまれはバトン交代の場所にスタンバイをした。そこへ意地になって走っている小花がやってきた。
「小花さーん。交代よ」
しかし小花は首を横に振った。するとほまれは怒る。
「いい加減にして! これは小花さんだけのレースじゃないのよ!」
小学生に怒られた彼女はまっすぐほまれに向かって走っていた。ほまれは叫ぶ。
「今度は私に任せて! 私も戦いたいの!! 小花さん」
「はあ、はあ、はああ」
そして小花はほまれにバトンを託すとその場に崩れる様に倒れ込んだ。こんな小花を武と鉄平が抱きかかえて仲間のところに連れて来た。
「う、うううう」
「何を泣いているんだ?」
「小学生に教えられましたからね、はい、鈴子様」
武に頭からタオルを掛けられた小花は、しくしくと泣きながら草むらに座っていた。
その頃、ほまれは西に傾いた日差しの中、小さな体で走っていた。沿道からは頑張れと声が掛かっていた。すでにリタイヤした人が多いため、コースは空いており、周回遅れは自らほまれに道を譲っていた
「ほまれはすげえな」
「そだな。小花っちは休んどけ」
拳悟と鉄平の頼もしい背の二人に小花はじわとまた泣けて来た。そこへ猪熊がやってきた。
「いったいどうしたのさ。ムキになって」
「うう……すみません。洋子ちゃんが頑張っていたので、ついムキに」
「しっかしさ。うちのチームは大したものね」
やがてほまれからバトンをもらった拳悟は、ぐんぐんスピードをあげて走っていた。ここに息吹が顔を出した。
「みなさん! レースはあと少しで終りなので、この次は武さんで、最後は鉄平さんにお願いしました」
「わかった。ありがとうね。伊吹君。本当に助かったよ」
猪熊の言葉の後、伊吹はすっと小花の隣に腰かけた。
「小花さん。お疲れさまでした。無理させましたね」
「ううん。でもチームに迷惑かけちゃったわ」
「そんなことないですよ。あ、ほまれちゃん」
「はあ、はあ。小花さーん!はい!」
そういって彼女は、小花にハイタッチの小さな手を出した。
「う、うん。ごめんね」
小花は涙顔で手を出し、また泣けたので伊吹によしよしと慰めてもらっていた。武は小花の背後で見守っている。
『会場の皆様。いよいよです、残り10秒、9、8、』
カウントダウンに中島公園チームは立ち上がって手を繋ぎ輪になった。
『3、2、1、終了――――――』
この声に鉄平は仲間の所に飛び込んできたので、全員で彼を囲んだ。真夏の過酷なレースはこうして幕を閉じたのだった。
「みんさん。ごめんなさいね」
「ハハハ。何を言う? 君の爆走がなかったら、優勝は無かったぞ」
「ワォン!」
「ありがとう。健三郎さん、健四郎」
そして表彰式には代表して猪熊と鉄平に行ってもらった。泣べその小花には武はそばにいた。
「鈴子様、落ち着きましたか?」
「ええ。みっともない所を見せちゃったわ」
すると武は珍しくニコと笑った。
「……良いのではないですか。仲間なんですから」
「武さん」
「大切になさってください。さ。後片付けです。明日はお仕事ですよ」
「そうだったわ!? もう~」
するとここにカズは日焼けした顔を出した。
「おい。小花姉ちゃん。俺と勝負しようぜ」
「小花っち、止めとけ!こいつ昼寝から起きたから一人だけ元気だし」
「……拳悟。今までどこにいたのよ。母さんにあの子を紹介しなさいよ」
久美に鉄平はいい加減にしろと頭をかく。
「母さんしつこいな。今度にしてやれよ。ん? どうした、ほまれ」
「鉄平さん。お写真撮って欲しいの。ツーショット」
「よっしゃ。その前に全員で撮るか」
中島公園1丁目の仲間は池をバックに写真を撮った。
汗と涙の5時間マラソンリレーは彼らの結束を一層固め、忘れられない思い出となった。
初公開 2019・7・17
再公開 2024・11・5
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