203 ようこそ札幌へ!

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203 ようこそ札幌へ!

「すみませーん」 「なんでしょうか?」 大通り公園を歩いていた小花は見慣れない制服を着た学生4人に声を掛けられた。 「私達。初めて札幌に来たんですけど。厚生年金会館ってどこですか」 「ああ、それでしたらご一緒しましょう」 見た所中学生の少年少女に彼女は親切に案内をしていた。彼らはゾロゾロと小花の後をついてきた。 「恐悦至極に存じます」 「あの。この人の事は気にしない下さいね」 男子学生を隣の女子は小花から離して間に入った。 「フフフ。皆さんは修学旅行ですか?」 「失礼ですが札幌も今は夏休みですよね?我々は埼玉からディベート大会に参加するために蝦夷(えぞ)にやってきたんです」 「ちょっと太郎さん!お姉さんに失礼じゃないの!すみません。恥知らずなもので……」 高明学院のバッチを付けた財前太郎を、鳴瀬玲(なるせれい)はガバと彼を背にして小花に謝った。 「本当にすみません。あの、お姉さんは用があったんじゃないですか」 「はい。これから学校に行く所だったんですが。今日はあんまり気が載らなくて」 「そうなんですか?それは可哀想ですね……。あ、よかったらこれ食べてください」 学生の雨宮は飛行機の中で食べていたお菓子を、彼女の手にそっと掴ませた。 上品な彼の仕草に小花はポッとした。 「まあ?いただく訳には参りませんわ」 「ガイドの御礼です、お姉さま」 フィギアスケートの選手の彼はそっと小花を見つめたので、彼女も微笑んだ。 「お姉さまだなんて。ウフフ。ではいただきますわ。でもあの、ディベートてなんですの」 するとここに太郎が割って入った。 「全国の口達者がやって来て、あるテーマを元に口喧嘩をし、相手を言い負かすのです」 「まあそんな物騒なことを事を大会でおやりになるの」 すると玲は、小花に首を横に振った。 「喧嘩ではないですよ。自分の意見を堂々と言い合うものですもの」 「それにあなたがでるのですか?」 可愛い少女の玲に小花は信じられないと口に手を当てた。 「ねえお姉さん。どうして玲ちゃんが出場するって思うんですか」 百合の声に、小花は振り返った。 「だって一番しっかりしてそうですもの」 「へえ?お姉さまやりますね」 小花の人を見る目に雨宮は肩をすくめた。 「さあ。会館はここですわ。では皆様、御武運を」 「お姉さんも、勉強頑張ってくださいね!さ。行こう」 こうして中学生の鳴瀬玲、百合子、雨宮、財前太郎の四名は会場へと向かった。 私立高名学院は埼玉では進学校で有名であり、彼らは県で行われた予選で優勝していた。しかし勉強が忙しい理由で、二位の学校に出場をしてもらう予定であったが、ここが集団のはしかに罹り、急きょ鳴瀬率いる高名学院中等部が札幌に馳せ参じることになったのだった。 「……鳴瀬。そこで、何をしている?」 「準備運動を」 控室で逆立ちしている幼馴染みを見た太郎は、後輩の雨宮に向かった。 「お前もやれ」 「やりませんよ。先輩こそ、どうぞ」 「なぜ俺が?」 「雨宮君、太郎さんにできるわけないでしょ?うるさい!ほら、玲ちゃんももう良いでしょう。制服に着替えて!」 やれやれと玲は逆立ちを止め、Tシャツの短パンの上から制服を着た。 「よっし!」 そういって頬をバンバン叩くみちるに財前は心配そうに眼鏡を直した。 「鳴瀬よ。これはディベート大会だからな?格闘技ではないんだぞ?」 「当たり前でしょう?太郎さん大丈夫?」 玲のギラギラした野獣のような目に味方のはずの太郎が一番おどおどしていた。 「あ?先輩、時間です」 「行くよ!付いて来て……」 明るい照明の拍手の中、こうして四人はステージに上がった。 そして大会に臨んだ高名の四人は、その舌で多くの組みを倒し、そして優勝した。 ◇◇◇ 「あーあ。喉が渇いた。なんか美味しいスイーツを、あれ?」 勝利をひっさげて厚生年金会館を出た四人は夕刻の大通り公園で小花を発見した。 「お姉さーん!私達優勝しましたって。どうしたんですか」 「……ああ。ちょっとテストがあんまりもひどかったので……今から自棄パフェを食べに行こうとしていたんですの」 落ち込みながら大通り公園の噴水を見ていた小花はふうと息を吐いた。 「でも皆様おめでとうございます!来た甲斐がありましたね」 「お姉さま可哀想……そうだ!僕達もご一緒させていただけないですか?」 「そうだね。いかがですか?お姉さん」 雨宮と玲のキラキラした目に、小花は少し元気になってきた。 「そうね。一人よりも多い方が楽しいですものね」 「やった!楽しみ」 「しかしだな。我々は制服だぞ?この恰好ままでは不味いのではないか」 「太郎さんは存在自体がまずいけど?お姉さん。私達はそこのホテルなんです。早く着替えるのを待ってくれませんか?」 「お願いです。お姉さま!」 これに小花は了解し、彼女は一階のロビーで四人を待っていた。 「お姉さんをそんなに待たせらないよ。早く」 「待って玲ちゃん!」 先に着替えた玲と百合がロビーに行くと、そこで待っていた小花は若い男性にナンパされていた。 「私は友人と待ち合わせておりますの」 「……いいじゃないですか?食事代は僕が出すし」 ここに玲と百合が強引に割り込んだ。 「ちょっとおじさん。私のお姉さんに付きまとわないで下さい」 「そうよ。さあ、お姉さん行きましょう」 こうして二人は小花の腕を組んで玄関までやってきた。そこへ遅れて太郎と雨宮がやってきた。 「何よ?その恰好」 「いや。こっちにいる時にしか着られないと思って」 太郎のTシャツの胸には『出没注意!』恐ろしい顔のヒグマが大口を開けているイラストが書いてあった。雨宮は難色を示した。 「先輩は着てるから見えないですけど、見せられているこっちはなんか食べられそうで、こわいですよ」 「ばかな?Tシャツが人を食うわけないだろ?」 「雨宮君、この人は見ないようにしよ、さ。行こう」 こうして四人と小花は、スイーツを食べに地下鉄に乗り込んだ。 「これから行く所にはアイスの店が集まっているんですわ」 「そんなにアイスの種類ってあるのですね」 地下鉄の席は百合、玲、小花、太郎、雨宮が座っていた。 「はい。ちなみに私の勤務先の仲間は、雪印派とよつば乳業派に分かれているんですわ」 「札幌二大アイスのようだな……ひ?」 地下鉄内で検索している太郎は、対面の窓に映った自分のTシャツにびっくりしていた。 「ホホホ面白い方ね」 「太郎さんが面白い?変人ですよ?ハハハ」 「ところでお姉さま。どうして札幌の地下鉄には、上に吊り棚がないのですか?」 そういって上を指す雨宮に小花は答えた。 「さっそく『札幌あるある』ね。札幌の冬ではコートや帽子とか手袋とか上着が多いでしょう?だから忘れ物防止のようですわ」 「なるほど。たしかに」 そういって腕を組む太郎に小花は続けた。 「以前、道外からいらした方なのかな、なんの躊躇もなく上にバックを置こうとして、目の目にストーンと落とした方を見たことがあります」 「棚があると思いこんでいるんだな。頭上に注意しないとな」 「財前太郎さん。他にもね。こちらの方はJRの事を『汽車』っていうの」 「汽車?この時代に石炭?」 「太郎先輩?声がでかい!」 その時、玲は小花の隣の太郎と雨宮に席を代わらせ、彼を端にさせた。 「すみません。なんか嬉しくて彼、興奮してしまって」 「別に構いませんよ。普段もっとうるさい方とお仕事していますし」 ここで小花は太郎の名前を聞き出した。 「財前太郎さん。JRはディーゼル燃料で動いていますのよ。だから電車の線もないのです。お帰りの時にご覧になってね」 「はい。小花殿」 こうして五人は大通り公園ににやってきて小花お薦めの雪印パーラーに入った。 「いろんなメニューが、なんとこれは……」 そこにあったドリームジャンボパフェに太郎は我が目を疑った。 「しかも一万円を越すとは……?それにこんなにアイスを食べては身体が凍りますよ?」 「ホホホホ。そのTシャツが話をしているみたいでおかしいわ?」 すると小花の隣にいた玲は、太郎にうなずいた。 「良かったね。太郎さん。優しいお姉さまで」 「小花殿はお前と違って大らかなのだ。さ、行くぞ」 こうして五人は迷ったが、最終的には常識的なサイズのスイーツを注文して食べ終え店の外にでた。 「ええと玲さんはスポーツが得意で、百合さんは演劇部でご活躍。雨宮君は生け花のお家の宗家の方でフィギアスケートの選手。そして財前太郎さんね。憶えました!」 「なにか腑に落ちませんが、その通りです」 「ホホホホ。だめよ?こっちを見ないで?」 恐ろしい熊の顔がどうしてもおかしい小花は、そういって太郎に背を向けた。その時、声を掛けられた。 「おい。小花ちゃんじゃないか」 「迅さん?」 フェロモンが駄々漏れしているホストの迅は、白シャツ襟立て胸見せネックレスのムスクの香りで笑顔だった。この迅と小花の会話を、四人はじっと聞いていた。 「あ、みなさん。こちらの紳士は、札幌のナンバーワンホストの迅さんです」 「はじめまして。ようこそ札幌へ」 迅のあまりのイケメンぶりに百合はクラクラしていた。 「これがホストか?なんと恐ろしい?」 「財前先輩のTシャツも恐ろしいですよ?あの、自分も名前が迅っていいます」 雨宮がそういうと迅は手を差し出した。 「そうか?君で良かった……」 そういって迅と迅は握手をし、せっかくなので集合写真を撮ってもらった。 「おっとこんな時間か。じゃ今度な」 やがて歩いていた四人に小花は他に行きたい所はないか、と聞いてきた。 そして意見をまとめた結果、大通り公園にあるテレビ塔に上る事になった。 「小花殿。これは……NHKの放送のアングルでは?」 そこから見える夜景をみて感動していている太郎に小花は微笑んだ。 「そうですわ。財前太郎さん。その通りです。あ、財前太郎さん。向うに見えるのが」 「あの……小花殿?そのように連呼せずともわかりますので」 「いいじゃないですか。小花さんの好きなように呼んでいただければ」 「まあ?嬉しいわ。雨宮君」 年上の小花に上手に甘えている雨宮を太郎は両手をグーにして怒りを殺していた。 「ところでお姉さんは、何の学校にいっているんですか?」 てっきり専門学校に通ってんのかな、と思った百合に小花はそっと身の上を話し出した。 夜景を見ながら語られた悲しい過去と今、頑張って生きている彼女の姿勢に両手をグーにしていた太郎の手はパーの形で顔を覆っていた。 「そうでしたか……小花殿はそんな御苦労をされて……」 「太郎さん。そんなに泣かないで?ほら、ハンカチを」 そういってサーモンピンクの夏山愛生堂のハンカチを差し出した小花の優しさに、涙線の弱い太郎の目からはまた涙がでてきた。 「そうか。そんな苦労している人がいるなら……私達はもっと今以上に全ての事を必死にやらないとね」 まるで戦いに行く前のような決死の覚悟の玲のセリフに本気で心配になった雨宮は、そうだ!と手を叩いた。 「みなさん。記念に一緒に写真を撮りましょうよ。ね?」 雨宮はその辺にいた写真が撮るのが上手そうな若い女性にスマホを託し、小花を中心とした写真を撮った。 そして大通り公園に戻って来た時、小花達は若い男性達に声を掛けられた 「お姉さん。僕達、本州から来たんですけど、良ければ美味しいお店に一緒にいってくれませんか」 「申し訳ありませんが、私、お友達と一緒なので」 そうだそうだ!と中学生四人は小花を取り囲んだ。 「いやいや。僕らの方がいいじゃないですか。ね。ほら」 そういって小花の腕を引く男の腕を、玲はむんずと掴んだ。 「……嫌だっていっているでしょう。警察呼びますよ」 「なんだこのクソガキ」 「おやめになって?あの、行きましょう」 喧嘩にならないように逃げようとする小花だったが、玲と男の目が合ったままで、タイマン勝負が始まってしまった。 「お前、女か?生意気な」 「……本当にこれ以上絡むなら、警察呼びますよ」 「そうよ。私大声で叫ぶわよ!」 ちらと見ると百合は腰に手を当てており、雨宮はスマホを取り出し、いつでも掛けられるれるようにスタンバイしていた。 そして長身の太郎は小花を腕に抱き守っていた。 「くそ……行くぞ」 こうして男達を追い返した玲達に、小花はありがとうと感謝した。 「しかし。腹が減りましたな」 そういって太郎は熊の口の当たる部分の腹をさすっていた。 「そうですわね。みなさんよければラーメンを食べにいきませんか?」 「やったー!私、味噌ラーメンがいい」 「お姉さまのお勧めのお店がいいな」 「太郎さんはどこでもいいでしょう?」 「百合よ。当り前ではないか。小花殿のお薦めの店ならこの財前太郎、どんなラーメンでも食べて見せますぞ」 「まあ?ホホホホ」 こうして五名は小花お薦めのラーメン店にやってきた。 そして食べ始める頃、小花のスマホが鳴り彼女は誰かと話をしていた。 「そうです。埼玉からきた優秀な中学生と……え?男の子か?はい。男の子もいますが……何をおっしゃるの?鈴子が好きなは姫野さんだけよ」 「なんだか偉い事になっているのかな、よければ電話代わりますよ?」 隣の玲はそう言ったが、この電話はすぐに終わってしまった。 「別にいつもの事ですので気になさらないで下さいませ。あ、ラーメンですよ」 こうして五人は楽しく麺をすすった。そして食べ終わる頃、店に彼がやってきた。 「……鈴子。彼らがそうか」 スーツを颯爽と翻しやってきた男は、見るからに仕事ができそうなオーラに満ち溢れていた。この男が小花の彼で、彼女を心配してやって来た事を瞬時に悟ったハイスペック玲はすっと立ちあがって挨拶をした。 「恐れ入ります。私達は埼玉から来た高明学院の中学生です。今回は札幌でディベート大会出席のために札幌に来たのですが、今日は小花さんには案内していだだき本当に助かりました」 するとこれに他も続いた。 「そうです。優しいお姉さまで本当に楽しかったです」 「僕もです。親切で綺麗で可愛くて。心も清らかで」 「自分は生徒会長を務めている財前太郎です。小花殿には本当にお世話になりました」 中学生にここまで言われたら何も言うことはない姫野は、じっと彼を見つめている小花の頭を優しく撫でた。 「そうか。お前は観光案内をしたのか……。相手は中学生だからな。しかし、君達、保護者は?」 「私の母がそろそろホテルにチェックインする事です」 「太郎さんのお母さんは警察の人なんです」 「そうか。では心配ないか。ん。どうした鈴子」 小花はなぜか姫野の耳にささやいた。 「まあ、今から行けるが、彼らの時間はいいのか?」 すると小花はくると四人を向いた。 「ホテルに戻る前に、ドライブしませんか?」 「「「「行きます!」」」」 こうして姫野のワンボックスカーに乗って一行はやってきた。 「うわーー。すごい」 「玲さんはスポーツにご興味があるのですね」 夜間でリフトは止まっていたが、一行は大倉山のジャンプ台の下から見上げていた。 「ここを滑走するとは……恐ろしいぞ」 「君のTシャツもなかなか恐ろしいぞ」 フフフと不敵に笑う姫野に、太郎は訊ねてみた。 「お見受けしたところ貴殿は小花殿の彼氏と思われますが、お二人はどちらから交際を申し込まれたのでしょうか」 「ちょっと太郎さん!何を言い出すの」 「だってな。百合。小花殿はあんなに素敵な女性だ。だからどんな恋愛模様があるのかと」 「ハハハハハ!君は面白いな」 正直な太郎に、姫野は応えてあげた。 「私達は正確に言うと恋人同士ではないんだ。彼女はまだ学生で今は学業と仕事で手いっぱいなので、彼女が卒業するまで交際は待っているんだ」 「なんと?……小花殿も立派ですが、姫野殿もこれはしかり」 「卒業まで待つって、どうするんですか?」 百合が恐る恐る訊ねると、姫野はニヤと笑った。 「結婚する予定だ。ここまで待てば十分だろう」 「キャ~~~~~~!中学生には刺激が強すぎ?」 「そうか。小花殿には姫野殿のような紳士がいるのですね。良かった」 百合は頬を染め太郎は感心していた。 「ハハハ。おい、みんなはあの表彰台に乗っているぞ。ほら、行ってみよう」 「財前太郎さーん。お写真撮りましょうよ」 札幌オリンピックで使用された表彰台に乗って、埼玉からきた中学生達は嬉しそうに写真を撮っていた。 「鈴子。寒くないか」 「大丈夫ですわ。ごめんなさいね。お疲れなのに」 「まあ。いいさ」 「ご覧になった?あの四人は目の下にクマができているでしょう?きっと勉強ばかりしているのよ……。だからこうして子供らしい想い出を作ってあげたかったの」 「……鈴子。やはり寒いんだろう。もっとこっちにおいで」 「はい。あのね。鈴子は誰も好きになっていませんわ。姫野さんだけです」 「知ってるよ。ほら、手をかせ」 札幌の街にある大倉山ジャンプ場には楽しい声がひびいていた。 北の街の夜風はどこかさびしかったが、彼らの声で夜景は金、銀、銅に輝いていた。 そんなキラキラ中学生達を二人は肩を抱きながら、そっと見つめていた。 完
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