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208 夏フェス
「それでは合同会議を始めます」
卸センターの小会議室に集まった五社の代表者は意見を出して行った。
「えー靴の七星です。うちは在庫のスニーカーを百円で販売しようと思います」
「コ―ヒーのアリタです。賞味期限が近い商品を半額で販売します」
「タオルの今西です。うちはタオルの袋詰めっていうのを考えています」
「タオルの袋詰めですか?」
野口の問いに担当者は真顔で応えた。
「はい。日焼けしたタオルなどを300円でビニールの袋に入れ放題を」
「あの!うちに良い袋があるので使ってくれませんか?」
この話しに包装のユメジマの担当者は食いついた。
「手で伸ばしても伸びない袋があるんですよ」
「そんな袋があるんですか?できればタオルの色が目立たない色付きがいいですね、後で見本を下さいよ」
「はい!ああ、うちなんですけど、実は何を売ろうか検討中で……」
そういって包装容器のユメジマ担当者は肘を付いてしまった。そんな彼に野口は語った。
「そうですか。夏山は薬局の商品を販売です」
今度開催される卸センター夏フェスは、夏山以外の四社の売り上げが不振のために、この度初めて開催されるものである。司会進行の野口は意見をまとめていった。
「ユメジマさんは帰ってから決めていただくとして、問題はイベントですね」
野口の意見に四社の担当者はう~んと頭をひねった。
「……予算は無いですし。七星はそのイベントをしている余裕は無いです」
「アリタもです。考える余裕も無いですよ?」
「今西は、そんな隙も無いです!」
「そうですか……ユメジマさんは?」
「夏山さん。売り出しの内容も決まって無い自分達にイベントまで手が回るわけないじゃないですか」
「確かに……」
他にも予算の打ち合わせをして第一回目の会議は終わった。
終了した一行が卸センターを出ようとした時、賑やかな女の子の声がしていた。
「やっぱりやるしかないわ」
「そうよ。証拠をいん滅しましょうよ」
「埋めるの?」
「そうですわね。やってしまいましょう」
「あ。やべ?野口さんだ」
サリ―、マコ、アッコ、小花、そしてメグの言葉を聞いていた野口達は、お掃除娘達に歩み寄った。
「こら!犯罪はいけませんよ」
「違うわ?見てください、これ……」
そういってメグは窓の下で死んでいた小鳥を指した。これに小花が解説した。
「恐らく窓を磨き過ぎて、小鳥さんは何も無いと思って激突死したんですわ」
「ウウウ……ごめんなさい。アッコのせいよ……」
非情に話す小花に対し、自分を責めるアッコは涙に崩れていた。亡骸を見た野口は目を細めた。
「鳥が死んでいたんですか?ああ、本当だ……」
「あああ……私が、私が」
「うるさいわ!アッコちゃん。今はそれよりも、鳥さんを弔ってあげないと」
そういってサリーは、チリ取りに小鳥の亡きがらをそっと載せた。アッコは涙を拭きながらチリ取りを見つめた。
「埋めるの?」
「そうよ」
「どこに埋めるの?」
「ああもう!さっきから埋めるの?埋めるのって、うるさいわね!いいから寄こしなさいよ!」
そう言ってマコはチリ取りをとるとずんずんと卸センターの駐車場に向かった。
そんな勇ましい後姿を見ていた五社の男達は、小花に話しかけてきた。
「あの……夏山さんの清掃員さんですよね?自分は七星の者です。卸センターのマラソン、自分も見ていました!」
「私はコーヒーのアリタです。野口さんから聞きましたが、小花さんはいつも飲んでくれていると伺っております。ぜひ今度はわが社で輸入仕立ての豆を御馳走させて下さい」
「小花さん!タオルの今西です。会社までランニングでお越しですよね?あの、よければうちのタオルを贈呈しますので、これでお風呂上がりの体を拭いて下さい」
「うちはユメジマ……」
「ストップ!もうダメです……小花さんはこっちに」
野口に抱えられた小花は、彼を見上げた。野口は彼らに言い放った。
「皆さん。小花さんは残念ながら夏山の物です。彼女に不必要に話しかけるのは禁じます」
そんな?という声に構わず野口は作業中の小花を連れて夏山ビルに戻ってきた。
「野口さん!私はまだお掃除中ですよ」
「大丈夫、それは西條君に行かせましょう」
そう言って野口は本当に彼に連絡していた。
「……さ。これでOKです。ん?どうしました」
いつの間にか小花は野口が持っていた資料を読んでいた。
「ごめんなさい?野口さんが落とした資料を読んでしまいました」
「別にいいですよ。今度の『夏フェス』ですし……そうだ?相談に乗って下さいませんか?」
そう言って野口は彼女をたぶらかし、秘書室まで連れてきた。
「なんですか?御相談って」
「待って下さい。今、コーヒーを淹れますので」
慎也の不在の今日。ここには西條もいなかったが、いつも慎也に尽くしている野口を信用している小花は、安心して椅子に座っていた。
「……良い香りですわ……」
「新しい豆ですよ、お嬢様」
仕事で疲れていた彼女は、このかぐわしい香り包まれて、思わず忘れていたお嬢様気質が、表に出ていた。
「そう……あのね、野口さん。エアコンの風が強すぎるわ」
「おっと?これは失礼しました」
「膝掛けが欲しい」
「はいはい。お嬢様……これでいかがですか?」
「うん。気持ち良いですわ」
たまにこうして無意識に自分に甘えてくる小花が野口は大好きだったので、この言葉に身を震わせていた。
「そして、御相談はなあに?」
「夏フェスです。イベントをわが社で企画するようでして」
すると書類を見ていた彼女は、野口に口を尖らせた。
「お断りになって!」
「なりませんよ……?夏山以外の四社には余裕がないのですから」
「余裕がないのはそっちの勝手ですわ。夏山がやれば、夏山の社員の余裕が無くなります!」
「アハハハ。確かに」
「ねえ?野口さん。今日のコーヒーは濃いわ。鈴子のはもっと薄めて」
「はい、仰せのままに………はい、どうぞ。あれ?」
可愛い彼女のおねだりに野口はお湯を少し入れたコーヒーを差し出すと、彼女はソファで眠っていた。
……スースー……
「おやおや……これはどうしたものか……」
今日はここに客は来ないが、誤解されては困る。彼はこの様子を清掃員の吉田に伝えておいた。そして少しだけ小花の髪の匂いを嗅いだり、頬を触ったりしたが他には何もせずに野口は彼女をここで寝かせておいた。
すると一時間程して彼女は目覚めた。
「……うん……吉田さん……今、何時ですの」
「午後14過ぎです」
「そんな時間……え?野口さん?」
驚いた起き上がった小花を野口は微笑んで見ていた。
「お疲れだったんですね。吉田さんには休憩している事をお伝えしておきました」
「ごめんなさい……失礼しました」
恥ずかしさで一杯の彼女はこうして秘書室を出て行った。そんな背を野口は嬉しそうに見つめていた。
そんな翌日。
秘書室を掃除しにきた小花は、ルーズリーフに書いた手紙を野口に渡した。
「これは?」
「昨日のお詫びですわ。よければ参考になさってください、では」
彼女が去った後、この手紙を西條が覗きに来た。
「美文字ですね。は?夏フェスの企画」
「耳元で大声出さないで下さい、なるほど……」
そういって西條から隠した野口は嬉しそうにパソコンに向かい、この企画を清書していった。
その翌日。
石原と渡は社長に呼びだされた。
「……おい。石原よ?お前何かしたのか」
「俺は仕事もしてないぞ?お前こそ何かやらかしたんじゃねえか?」
「ああ、したぞ。でもこれはいつものレベルだし。まあ、行くか」
そんな二人の所長は社長室にやってきた。
「やあ。暇そうだね」
「はい。いつ何時も社長に応じられるように、自分は待機中ですので」
「自分は暇なようにみえますが、実は仕事が溜まって逃げ出そうとしていました」
「そんな事はどうでもいいから、あのさ、これなんだけど」
そういって慎也は二人に書類を渡した。
「これを?」
「でも、これはお父様の俊也様の頃の話で」
「できるの?できないの」
すると石原はそっと隣の渡を見た。
「俺はできますが」
「自分も。時間を頂ければ思い出します」
「よし!では頼んだぞ」
嬉しそうな慎也に石原は待った!を掛けた。
「でも二人だけでは無理ですよ?」
「他のメンバーを入れれば良いじゃないか、じゃ、頼んだよ」
こうして慎也に難問を頼まれた二人は、姫野では無く、小花にこれを相談した。
「……つうわけでよ。風間にもやってもらおうと思うんだが、後一人」
「そうですか……。そうだ!私、出来る人知っています。それに私も、協力しますわ
「本当か?」
「ええ。お二人には洞爺湖マラソンでヨットを出していただいて……力をいただきましたもの。今回は私にも参加させて下さいませ!ではスカウトしてきます」
そして小花は5階の財務部にやってきた。
「相崎課長。お仕事中すみません」
「どうかなさいました?」
小花はじっと彼の指をみた。
「もしかして。ギターを弾かれるんですか」
「……そうだけど、なしたの?」
すると彼女は目をキラキラさせて彼の手をギュと掴んだ。
「お願いですわ!夏山バンドには入ってくださいませ!」
「は?」
嬉しそうな彼女に相崎は目をパチクリさせるだけだった。
そして小花に呼びだされた相崎は仕事の帰りに音楽スタジオにやってきた。
「おう!もう始めるぜ」
「相崎。そのドアを閉めろ!風が入って寒いんだ」
そんな石原と渡の他に、彼にとって初見の男がいた。
「あの?どちらさまですか」
「あ、どうも!風間です。息子の諒がお世話になっております」
「いえ。あのどうも」
なにがなんだかわけのわからない相崎は部屋にやってきた小花に駆け寄った。
「小花さん。これは一体なんですか?ギターを持って来いっていうので、持ってきましたが」
「あのですね。今度開催される夏フェスで夏山バンドを復活させることになりまして、私も相崎さんもそのメンバーなんです」
「夏山バンドって?札幌の伝説のフォークバンドですよ」
「ハハハ。俺達がそれだよ?なあ、石原、風間?」
「おお!ボーカルは俊也社長だったがな……」
風間父は懐かしそうに目を細めていた。
「それでね、相崎さん。私はキーボードと、ギターで参加するんです。相崎さんにはベースをお願いしたいんですよ」
「ふう……まったく。そうならそうと言ってくださいよ」
彼は自分のギターを取り出した。
「夏山バンドといえば、あのチューリップのカバーですよ……」
「あ。お前?」
相崎はチューリップのファンクラブ限定のTシャツ姿になり、持って来た楽譜を開いた。
「もしかして、思ったんです。じゃ、始めましょうよ」
こうしてバンドの練習は始まった。
「っていうかさ。誰が歌うんだよ?」
「そうですわね……弱りましたわ」
するとギターの渡が手を上げた。
「自分は弾くのに精いっぱいです。だから皆で歌って下さい」
「みんなって。俺達でか?」
ドラムのスティックを持った石原は風間をみた。
「でも演奏しながらだと、俺達の声量じゃ一人一曲が限界だぜ?」
他に方法はないので何とか一曲づつ歌おうと言う事になった。
「ええとドラムは俺、ギターは渡、ベースギターは相崎。そしてピアノは風間、お姉ちゃんはギターのキーボードだな」
「はい!」
こうしてこの夜から、夏フェスに向けて親父達の秘密練習が始まったのだった。
そんな中、練習の無い夜、小花は姫野の車で自宅まで送ってもらっていた。
「そうか。盛り上がっているんだな」
「音は合いませんが。心は確かに合って来ました。ウフフフ」
「良いな……俺も参加したいが、楽器は一つもできないし」
「他に良い所があるから良いじゃないですか、ん?どうしたの」
「……俺の良い所ってどこだ」
「そうね……」
やけに深刻な顔で考えている小花に姫野はじっと言葉を待った。
「優しそうに見えますが、結構厳しいですし……。手先は器用ですけど、それが何だ、と言われればそれまでだし……そうだ!車の運転が上手ですわ」
「ようやくひねり出した感じだな?……もう無理しなくていいよ」
不貞腐れている姫野に、小花は慌てて言った。
「ありますわ?あのね、その」
「いいってば。どうせ、俺は何もできないんだ」
「……サッカーもお上手だし、頭もいいし」
「いいってっば」
「聞いて下さい!あの。その口では説明できませんが、姫野さんには良い所があります。だから鈴子は姫野さんが好きなの。それを一つ一つ申し上げるには時間が無いの」
すると運転中の彼は赤信号で停止した。
「鈴子……あのな」
「はい」
「バンドの練習はわかったから。その……俺の事は忘れないでくれ」
「またそんな心配をされているの?あのですね。姫野さんの事は忘れようとしても、鈴子は忘れられませんわ!だって、こんなに手が焼くんですもの」
すると彼は彼女の手を握って自分の膝に置き、車を発進させた。
「わかった……。なあ、何を食べて帰る?」
「餃子でよければ家にありますわ。今回はね、エビ餃子なの」
「それがいい。お前の作った物が一番好きなんだ」
そんな彼の肩に彼女は自分の頭をちょこんと当てた。
夜の街を走る二人の車は、夏の暑さが残る二車線道路を西に走っていた。
彼女は自宅に着くまで、彼の膝に手を置いていた彼女もまた、この夏の恋に胸をドキドキさせていた。
完
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