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209 卸センター大売り出し
「当日販売する靴は、これです」
五社の代表者達は『靴の七星』の社内で山積みになっている靴を見上げていた。
「すごいですね? 圧巻ですよ」
「あの、写真撮っていいですか?」
「こんなのでよければ……どうぞ?」
クリスマスツリーのようになっている白い靴の山を四社の代表者は写真に撮っていた。
「でも……当日はこの靴を外にちゃんと並べて売ろうかと思っていますよ」
するとコーヒーのアリタの担当者は、ストップを掛けた。
「あのですね。七星さん。これはこの山積みのままお客さんに見せた方が迫力ありますよ」
「私もそう思います。右の靴と左を自分で捜させたりしたら子供は喜びますよ」
アリタと今西の話に、七星は会社に相談すると話した。そして一行は次の会社の『コーヒー豆のアリタ』にやってきた。
「この豆なんですよ」
「うわ。落としたんですか?」
「はい。中身は無事ですが」
コーヒー豆の袋はこれが入っていた外箱を落としたせいで、袋に傷が付いていた。
「高い豆なんですが、これらの袋をテープで押さえて半額で販売しようかと」
「……でもこれはかなり高価な豆です。そうだ!ブレンドしたらいかがですか」
野口は他の安い豆と混ぜてお薦めブレンドで販売したらどうか、と話した。
「そうなると量も増えるし、元が取れますよ」
「なるほど。やってみます!」
こうして次はタオルの今西にやって来た。
「ここはタオル、タオル、タオルですね」
このタオルの世界に四社は圧倒されていた。
「そうなんです。埃っぽくてすみません。うちの商品は……これです」
そこには年代物のフェイスタオルが山のように置いてあった。
「これも七星さんと同じで山積みの方が迫力あっていいですよね」
そういうユメジマに七星の担当者は、サッとタオルを手に取った。
「あ、ちょっと待って下さい?これは……」
七星の担当者はある可愛い女の子の絵が書いてあるタオルを手に取った。
「これ昔のアニメの商品じゃないですか?ネットで売ったら大変ですよ」
「でも薄汚れていますよ」
「みなさん、今西さんはタオルの価値で話をしているんですよ。でも、それは確かに稀少価値がありますよ」
「本当ですか? どれだか、教えてください! それは売るのを止めますので」
こうして『タオルの今西』の後、一同は卸売りセンタービルにやって来た。
「ユメジマさんは全商品の割引ですし、夏山も薬局に出店してもらうので見学なしです、さ、どうぞ」
こうして小会議室で話し合いが再開された。
「では各社販売の内容は決まりましたね。では、イベントについて私から報告します」
そういって野口は責任者達に話出した。
「子供受けしそうで、手間もお金も掛けずに何かしようと思い、このようになりました」
そこにはミニのSL機関車の写真があった。
「これは子供を乗せるものです。内容はこの業者がレールなど自分で設置して、当日は自分でお客さんから料金を頂いて乗せる感じです」
「こっちの手伝いはないのかい」
「はい。利益もありませんが。場所を提供すれば向うが勝手に営業するんです」
「業者に丸投げか……いいんじゃないの?場所はあるしね」
五社の担当者達は自分達の会社の在庫を減らすのが目的なので、面倒な事は一切したくないので、イベントはこれでOKとなった。
「それ以外もですね。人が大量に来るので食べ物の販売も考えました」
「あの!ちょっといいですか??」
すると包装容器のユメジマが手を挙げた。
「うちの商品は包装容器なので、当日はそんなに売れないと思うんですよ。だから社員で『かき氷』の販売をやりたいんです。そうすれば紙コップが減るので」
「なるほど……」
これにコーヒーのアリタも手を挙げた。
「実はうちも賞味期限ぎりぎりのコーヒーを淹れて、200円で販売しようと思っていたんです。その時はユメジマさんのカップを買わせて下さい」
「ありがとうございます……え、タオルの今西さんも」
「はい。うちは『から揚げ』で行こうかと、その時は容器をユメジマさんで買いますよ」
「嬉しいです……」
「七星は、ラーメンです。社長がこだわっておりまして」
「ええと、麺に、から揚げ、コ―ヒー。他にはかき氷か……では夏山は焼きそばでも考えますね。あとですね」
野口は会場の奥にステージを作ってバンドの演奏を披露すると話した。
「うちの社長が夏フェスといったら音楽だ!と申しまして。BGM的にやらせていただきますので、どうかご了承ください」
「ま、煩くなければいいですよ。あとは、これでいいのかな」
後で気が着いた事があったら連絡するように話し、彼らは卸センターの玄関から出てきた。
すると賑やかな女の子達の声が聞えていた。
「オーライ!オーライ……。もっと左!」
「こっちー?」
「逆ですわ!あ、野口さん」
屋上を見ながら声をあげて作業をしているアッコと小花に野口は駆け寄った。
「何をしているんですか」
「ここは危ないです!こっちへ」
小花に誘導されて五社の男達は場所を離れた。
「小花さん、あれは何をしているんですか?」
「実は卸センタービルの屋上にカラスが置いたゴミがございまして。それがエレベーターでは運べないサイズなんです。だから紐でくくって、あのように屋上からゆっくり降ろしているのです」
卸センターの屋上から垂れたヒモの先は現在三階の窓付近で、ブルーシートで覆われた人間くらいのサイズの物体が地上を目指してぶらーんと下がっていた。
「びっくりした?私は死体かと思いましたよ」
「それにしてもあんな大きいのに?平気なんですか?」
「重さはないんですけど、風で揺れるようですね」
その頃。屋上はパニックになっていた。
「しっかり持ちなさいよ!」
「持っているわよ。それより足が邪魔!」
「……何言ってんのよ。早くして……」
マコとサリーが揉めている中、紐の最後尾を持つメグは必死に綱を引いていた。
「みんなーーー!何してんのーー!そのまま降ろしなさいよ―」
下界から簡単に話すアッコに、三人はムカついていた。
「……腹立つわ?簡単に言ってくれるし……」
「いいから早く降ろしましょう。ほら!」
「ゆっくり降ろすわよ、ゆっくり……あ!」
風が吹いて彼女達の降ろしている物体はそれに引かれてしまい、彼女達は転びそうになった。その時、背後からバタバタと足音がした。
「危ない!大丈夫か」
そう言って突然現れた野口はメグとサリーの間の紐をぐっと掴んだ。
「野口さん……」
「いいから誘導して下さい!早く」
「はい!」
こうして彼の力を借りて、この物体は地上にドスンと落とされた。
「私達は先に降りているわ。メグは野口さんとここの鍵を掛けて来てね」
そういってウィンクし気を利かせたサリーとマコが去った後、メグは思い切って野口に向かった。
「野口さん!」
「はい?」
「野口さんは好きな人がいるんですか?」
「いますよ?」
「……あの……私じゃダメですか?彼女に」
「彼女?メグさんが?」
想像もしていなかった野口は、恥ずかしそうなメグに目を見開いた。
夏の太陽が照り付ける屋上は、街の喧騒に包まれていた。
「私。頑張ります!好きになってもらえるように」
「メグさん……」
野口は真面目人間でどちらかというと変人に近い男だ。見た目が良いので彼女がいた事もあるが、自己中心的な彼の考えについていけなくなり、彼女の方から去るという恋愛を繰り返してきていた。
「私は仕事中心で。あなたの事は全然構えませんよ?」
「いいです!その合間で」
「出かけるのも好きじゃないし。優しくもないし」
「いいんです!チャンスを下さい!お願いです……」
なぜかメグはナンマイダブツと彼に手を合わせていた。
「フフ。なんで拝むんですか?」
「あらやだ?つい!アハハハハ」
そういって頭をかくメグが面白くて、野口は口角を挙げた。
「では、まずは友達でいかがですか?」
「え?そこから?あ、でも、いいです。それで」
メグは笑って野口に微笑んだ。
「では、これが私の番号です。忙しくて全然返さないかもしれませんが」
「いいです!待っていますから。やったー!」
こうして屋上から降りてきた二人を待っていたお掃除隊は、どうだった?という顔をしたが、野口は小花を誘って夏山ビルに向かって歩きだした。
「……あの。野口さん。メグちゃんとは?」
「気になりますか?友達になりました」
「そうですか?よかった……メグちゃんと仲良くして下さいね。とっても可愛くて強いんですよ」
「はいはい」
野口の心には小花という美しく健気で清らかな花が咲いていた。
しかしそんな彼女の心の中には自分は咲いていないと知っていた。彼女は自分を異性として見ておらず、ただの良い人と見ている事を当初は寂しく思っていたが、最近は自分を信用し気を許してくれる事に、この上ない喜びを持っていた。
……今のままなら……ずっとそばにいられるから……。
「どうかなさったの野口さん?」
「いえ?少し考え事を」
すると彼女は彼の顔をじ―と見つめた。
「暑い屋上にいたせいね。顔が赤いわ?早く何か飲まないと、ほら、野口さん。行きましょう」
そういって彼女に背を押された野口は、ほろ苦い嬉しさを抱きながら彼女と夏山ビルに戻って行った。
その翌日。
夏山ビルでは焼きそばの販売について中央第一で渡を交えて話し合いが始まっていた。
「当日は風間薬局の手伝いに、風間、姫野、松田が対応する。だから焼きそばは中央第二だな」
「それしかないな……だか、うちの野郎どもに出来るか不安だな」
腕を組んだ渡は自分の部下を素直に評価し、目を閉じていた。
「あ、その件ですが。小花ちゃんが手伝うって言ってましたよ」
「お嬢が?それは本当か松田!」
「はい。彼女は当日、夏山バンドと、最後の清掃しか出番がないそうなので」
すると彼は渡に手を挙げた。
「渡部長。やはり俺も焼きそばをやるので、誰か中央第二の誰かと代わって下さい」
「ダメだ!姫野は薬を売れ!」
「嫌です」
しれっと話す姫野に、渡はこめかみ青筋を立てて力説した。
「バッカもん!少しくらいお嬢を俺達に貸せ!まったく、お前と言う奴は」
「渡部長―!小花ちゃんは最初に作るのを手伝うだけですよね?俺も彼女は火傷とか心配ですよ」
「風間まで何をいう?そんな事は重々承知しておる!お嬢にはノウハウを聞くだけだ!火には一切近寄らせないぞ」
「よかった。ならいいですよね、先輩?」
「まあ、それくらいなら」
そういう姫野と風間に石原は、うんと頷いた。
「……相変わらず狭いな、お前の心は」
「広くする気はありません」
「部長が広くなればいいんですよ。僕と先輩を変えようとしないで!」
「はいはい。それではこれで打ち合わせは終了ね、では解散!」
こうして松田の仕切りで当日を迎えることになった。
そして当日の朝。小花は卸センターの給湯室で割烹着姿の渡にレクチャーしていた。
「渡部長。焼きそばに入れる豚肉はこうして叩いて伸ばすんですよ、えい!」
そうって棒でガンガンと肉をぶったたく小花を渡は驚きで見ていた。
「こうすれば……安い外国肉も柔らかいし……。たくさんあるように見えて、火も早く通るので調理が簡単なんですわ」
「失礼ですが、お嬢はこの手法をどこで?」
「町内会の人ですわ。いつもこうして販売するんです。さあ、こんな感じで」
「何と?……透けております。まさに芸術品だ……」
こんな感じで小花は『夏山焼きそば』をプロデュースしていった。
やがて中央第二の社員達は鉄板に火を入れ焼きそばを作り始めた。
その手際の良さに小花は夏山バンドの楽器があるステージに向かった。
「相崎さん」
「ああ。小花さん。お仕事はもういいんですか?」
今日はこれ以外に出番のない相崎は一人で楽器の見張りをしながら練習をしていた。
「はい。そもそも私は戦力外ですもの。相崎さんは何を練習なさっていたの?」
「ハッハハ。若い頃、狸小路商店街で弾き語りをしていた曲ですよ」
「歌って下さいませ、ね?」
小花のおねだりに相崎は歌いだした。それに合わせて彼女も歌っていた。
「楽しそうだね」
「あ、社長」
相崎は慌てて立ち上がったが、慎也はこれを制した。
「他のメンバーはまだ来ないんだね。それにしても小花さんも参加なの?」
「はい!楽しみですわ」
「そうか……」
嬉しそうに微笑む慎也は、小花の実の兄だ。そんな兄も父がボーカルをしていたこの夏山バンドの再結成を楽しみにしていることは、妹の彼女も同様であったし、兄が父を慕っている事実に、妹として胸を打たれていたのであった。
しかし正体を隠している小花は、それを顔に出さず兄に微笑んだ。
「社長。今日はこの通りに演奏するんですよ。もしよかったら、一緒にステージに立って下さいませ」
「ダメだよ?みんな必死に練習したのに俺だけ歌ったりしたら悪いじゃないか?」
兄の優しい配慮に涙がでそうになった妹の小花は、これをこらえて説明した。
「この曲は、私が歌う予定ですが。できれば社長に歌って欲しいんです。お時間があれば、ステージに来てくださいね」
「わかったよ!じゃ、あとで」
慎也は実の妹と知らずに小花にそう笑顔を残して去って行った。
彼女の背では相崎が必死で練習をしていた。
……お父様。これからステージですわ……。
昭和のフォークバンド『チューリップ』は、彼女の両親が好きなバンドだった。
二人でコンサートに行った話を小花は本人達から聞いていた。
……お父様が好きな曲を、お母様も好きになったのよね。
そして自分も好きになった事に彼女は空を仰いだ。
……私は派遣社員だから……お兄さまの傍にはずっといられないもの……。で
も一度でいいから夏山バンドをお兄さまにお見せしたいわ……。
そんな健気な思いの彼女は時間までここで相崎と練習をしていた。
「小花さん。二人だけですけど、一度音を合わせましょう」
「はい」
彼女はキーボードで相崎と二人でリハーサルをしていた。
卸センターの大売り出しにやって来た客は、そんな二人に見向きもせずバーゲン会場へと足早に向かっていた。
夏の日差しが眩しい夏のフェスタ。
気温が上昇するように、彼女の気持ちも上昇して行くのだった。
完
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