224 夏のハリケーン

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224 夏のハリケーン

「あれ、ど忘れした。今の元号ってなんだっけ?」 「……令和だろう、荻原、大丈夫か?」  夏の東京の慶王大学キャンパス。サークル役員の部屋で事務仕事をしていた姫野大地は友人の荻原を本気で心配した。 「そうか! いや~他の事を考えていてさ。それよりもそっちは終わったか?」 「ああ」  本日の双子は揃って大学に来て事務処理をしていた。そんな大地に荻原は尋ねた。 「ところで、大地。株ってさ、いったいどんな風にして買っているの?」  大地は座っていた椅子に背もたれた。 「そだね。例えば今年の夏は暑くなるって聞いていたからさ、殺虫剤の会社の株とか、寝熱中症の予防に飲むドリンクの会社の株とかで儲けたよ」 「へえ、ちなみに寒い夏だとどうなるんだよ」 「あの時は、コンビニの株を買った事があったな。おでんが売れると思って」 「へえ……なんか面白いな」 「別にこんなの普通だよ。それに俺達はプロじゃないし」  そんな適当に仕事をこなしていた大地は、白鳥姉妹からメールを受け取った。 「『次世代のリーダー養成塾』? なんだよ、これ」    ものすごく面倒くさい顔の大地に萩原もそのメールを読んだ。 「俺はその話、電話で聞いたんだけど、関東は白鳥姉妹と姫野ツインズが招待されたみたいだよ」  資料には、主催はNPOの何とかとあり、講演するのは現職の大臣とあった。 「……行きたくないな。さぼれないの」 「主催の中に、うちのOBがいるんだよな……サークルに寄付してくれている人だから、顔をつぶしちゃまずいな」 「マジかよ。どうする、空」  空は今まで黙って聞いていたが、はあ、と息を吐いた。 「仕方ない、行くか。話を聞けばいいだもんな。それにその日って、関西のゲームショーの日じゃないか? ついでならいいか」 「え? お前ら、またゲームショーがあるのかよ」  目を向いた萩原に大地はニッと笑った。 「ああ、この前は妹が通信ができなくて参加できなかっただろう。だからあいつ、怒っているんだよ」 「だからリベンジで、妹を呼んで俺達で参加しようとしているわけ」 「まあ、夏休みだしな。妹さんか……」  一人っ子の萩原は彼らの兄弟の絆がいいな、っと思っていた。 「そうだ。お前も遊びに来いよ、お金はこっちで全部持つし」 「そだよ。大阪で美味いもんでも食べようぜ」  最近、萩原に仕事を押しつけていて悪かったし、白鳥姉妹が来るなら彼がいた方が何かと都合がよいと考えたツインズは彼を優しく誘った。こうして慶王大学のサークルの代表の姫野空と、姫野大地は、仲間の萩原と「次世代のリーダー養成塾」出席すると主催者に返事を送った。  その後。どちらかというとゲームショーに重きを置いていた二人に、前回臨時で仲間になった田中樹男、アバター名、WOOOODからメールがあった。  内容はツインズがゲームショーに参戦するのか訊ねる内容だった。大阪で仕事をしている彼も参加してくれると心強いので、二人は予定を伝え彼をゲームショーに誘うと彼から参加の返事が着ていた。  そして当日『次世代のリーダー養成塾』の会場の大阪のホテルには、スーツ姿の学生がたくさん集まっていた。 「これってさ。俺達、いなくてもわからないんじゃないか」 「ダメだ……見ろ。慶王のOB会長だ。どうも! 姫野です」  現役の大臣と談笑していたOB会長に挨拶した空と大地に、会長は笑みを浮かべた。この大臣はUSBメモリーを知らないのにサイバーセキュリティーの担当大臣だったので、姫野ツインズもよく顔を知っていた。 「大臣。こちらは三田会を束ねる姫野兄弟です」 「頼もしいね? 君は、学部は」 「「経済学部です」」 「ほお?私の落ちた所だ?あはっは」  この後二人は、パソコンを知らないのにこんな重要な大役をこなしている大臣を褒めて、彼を大いに心地良い気分にさせ、最後はセミナーの上座の席に送りだした。 「さて。もう帰っても良い気分だな」 「そだな……ん?」  すると誰かが彼の肩をトンと叩いた。 「……何を言ってるばい?」 「会はこれからたい!」  姫野双子は振り向くとそこには白いスーツでばっちり決めて来た白鳥姉妹が立っており、隣にはしょんぼりした萩原が立っていた。 「……ごめん、姫野。トイレからでてきたら、見つかったんだよ」  すると妹の隣香が牙をむいた。 「なんで隠れると? 私達は関東代表ばい!」 「白鳥さん。またお国言葉が丸出しだべ」  九州の土建屋の娘達と、北海道洞爺湖の畔で育った青年達はこうして関東代表として会場の席に座った。  色んな人の挨拶を聞いている内に、これは宗教とかなんかヤバい雰囲気を野生の感で気が付いた姫野ツインズは早くに見切りをつけてこの場を離れることだけ考えていたが、隣席の白鳥姉妹は夢中になって聞いていた。 「おい。凛香さん。本気で聞くなよ」 「ばってん、お金持ちになる方法たい」 「……可憐さんも。あんまりアイツの目を見るな」 「そうよね。人は誰もが悩みを抱えて生きているのね……」  すでに洗脳されかかっている姉妹の他に、萩原までうっとりして話を聞いているので、ツインズはここを脱出する方法を考えていた。  ……会場のドアには男が立っている。  ……なんか匂いがするな?これはハーブか?  見渡すと集められた優秀な学生達はぼうっとしながら主催者の話を聞いていた。スマホは電源を切るように指導されており、出して操作するのは難しく思った。  しかし。この時、空はすっと立ち上がり堂々と会場の出口に向かった。そして立っていた男にトイレに行くと話し、ここから出してもらった。  ……あぶねえ? でも、どうするかな……え?  すると彼はいきなり腕をぐっと引かれた。 「こっちだ」  廊下の隅を歩いていた空は背後から急に腕を引かれて壁に押し付けられた。 「ごめんな、驚かせて」 「田中さん? これは何ですか」 「し! 俺は理由があって詳しく話せないんだが。中でおかしなセミナーをしているだろう。それを教えてほしいんだ」 「いいですけど、田中さんって何者なんですか」 「……正義の公務員としか言えないんだよ。君に迷惑をかけるから。でも信用して欲しい」  田中は信用置ける人物だし、今は中の人を助けたいので空は協力することにした。 「俺達は証拠が欲しんだ。だからこれで録音してくれ」  田中はそういって空の身体に何か小型の機械を装着した。 「いいか? よく聞け。会では飲み物とか食べ物が出るが、口にしないで回収して欲しんだ」 「この袋にですか? まあ、やってみますよ」 「……必ず救出するから。落ち着いて行動しろ、では復唱してくれ」 「録音をする、飲食はせず回収する」 「お利口だ、さあ、行け!」  そして空は何食わぬ顔で会場に戻って来た。そこでは音楽が流れて主催者は話を続けていたが空はすっと自分の席に座った。 「おい。大地。大丈夫か」 「うん。俺はね……」  前を見据えながら話す空に大地も前を向いたまま答えた。しかし他の学生は全滅で、皆ぼおーーとしている中、ここでドリンクが出て来た。    空は汗を拭く形でハンカチにこれを滲みこませた後、大地と一緒に白鳥姉妹にこれを飲ませず、そっと床にこぼし、口にしなかった。 「おい、いつ助けが来るんだよ」 「そろそろじゃないか、あ?」  うす暗かった会場はいきなり真っ暗になり参加者は、驚いたがすぐに非常灯で部屋は明るくなった。  そしてホテル関係者がバタバタと入って来て、主催者と話をしていた。 『皆様にお知らせします。話しはまだ途中でしたが、本日のセミナーはこれで終了となります』  話しに興味のある人は直接聞いてほしいといい、会は本当に終わった。 「可憐さん。ほら! 可憐さん」 「……え。今何時」 「凛香さん。大丈夫かよ」 「ふわ? なんだか眠くて」  同じ事を話す萩原を立ち上がらせた姫野ツインズは、何気なく一階のロビーに向かった。その時、会場のドアに立っていた先ほどの男に呼び止められた。 男はにこやかに空に話しかけてきた。 「君? すまないね……会場で失くなったものがあるので、悪いが身体を調べさせてくれないかな」 「……いいですよ」  途中退席した空を疑っている男の話しに、同じ顔で同じ服を着ていた大地が代わってボディチェックを受けた。 「何もないね。悪かった。おっと、君。これを落としたよ」  大地の手からこぼれ落ちた名刺を男は拾い大地に返した。 「拾っていただいてすみません」  こうして替え玉に気が付いていないセミナー関係者を後に五人はタクシー乗り場までやって来た。先に四人を車に乗せた空は後から来たセダンに乗り込んだ。 「まずは座って……君達の宿泊ホテルまでいくよ」 「はい」  やがてかなり進んでから空はやっと身体の緊張を解いた。空は運転手に尋ねた。 「なんですか? あの集団は」 「優秀な大学生を狙った、新しいカルト集団さ。なかなか情報が無くて困っていたんだ」  運転する田中に空は収穫した物を渡した。 「ドリンクがしみ込んだハンカチです。それと紙コップ。こっちはドアに立っていた黒服の男の指紋が付いた名刺。あと俺が預かったこのレコーダーです」 「助かったよ」 「ところで。どうやって会を終わらせたんですか」  助手席の空に田中は、先を見ながら語った。 「ホテルの人に頼んで照明を故障といって落とさせてもらった。奴らはあの辺りから場を暗くして話をすすめるから明るいとダメなんだよ。それに会場の使用時間が過ぎていたしね」 「ふーん」 「今日の洗脳は不十分だから君の仲間は今は興奮しているかもしれないけど、一晩経てば元に戻っているから」  こうしてホテルまで送ってもらった空に、夜また出直すといって田中は去って行った。そして宿泊先のホテルの部屋のセミスィートに顔を出した空は、まだおかしな様子の白鳥姉妹と萩原を大地と目の当たりにした。 「なんかハイテンションなんだよ。どうする?」 「一晩なんか待てないな? あのさ、白鳥さんはどこのホテルなの?」  優しい大地に姉妹は上機嫌である。 「フフフフ。そんなの聞いてどうすんばい」 「ダメだ? 目が座っているぞ。これ」  するとホテルのコンビニで買い物をして来た美雪が何にも知らずに部屋に戻って来た。 「……なによこれ? え? なんだって? セミナーで洗脳されたって……バカじゃないの!」  まったく面倒くさいな、と美雪は言いながら彼女は兄達に静にするように話した。 「皆さーん。お疲れさまでした! さあ。これ食べて。ね?」  そういって美雪は買って来たお菓子やパンやおにぎりを三人に食べさせた。 「はい、そしてこれを飲みましょうね……そう、良い子だね」  最後にお茶を飲ませた美雪は、ツインのベッドに白鳥姉妹。そしてソファに萩原を寝かせた。三人に布団を掛けて部屋を暗くした彼女は優しく布団をトントンと叩いて行った。 「眠くなくても目を閉じて休もうね……ほうら、良い気持ちだね」  やがて聞えて来た三種類の寝息に安堵した姫野きょうだいは、この部屋のドアをそっと閉じた。 「……このまま朝まで寝てくれそうだよ」 「今は15時か。今日は暑かったし、部屋を涼しくしたから寝るかもね。そんな事よりも練習だよ」  頼もしい妹に口角をあげた兄達は、別室で着替えて夜のゲームショーのために練習を始めた。 「ところでさ。最近、岳人に逢った?」 「洞爺湖マラソンの時に逢ったよ」 「何それ? 聞いてないよ」  そんな彼らに美雪は小花のマラソンの話をした。 「大変だったんだよ? 美雪はペースメーカーで走ってさ。でも地元の皆は一瞬でも先頭を走ったって喜んでくれたけど」 「っつうかさ。父さんもそんなに協力したの?」 「そう。すずちゃんと二人で仲良くコースを下見したりしたよ」 「あの親父の心も溶かすとは! 恐ろしいぜ」 「岳人兄貴の彼女だもん。当然でしょ」  そういって少し不貞腐れた美雪はドンっと兄貴の間に座った。 「お前な。自分をすずちゃんと比べるのは止せ。傷付くだけだ」 「そうだぞ。あれは別格だ」 「……ひどいんですけど? それに美雪は美雪の魅力があるんで心配しないでよ」  腕を組む美雪に空と大地は微笑んだ。 「ほお?」 「すごい自信だな」  フフフと美雪は微笑んだ。 「見てなさいよ。今は胸を大きくする体操に凝っているんだ、ええとね、こうやって」  そういって美雪が体操を始めたのでさすがに兄貴達は動揺した。 「おい?! ここでするなよ」 「いいから! ここをこうやって」 「やめろ! そんなのどうでもいいから」  実力行使でこれを止めさせた兄貴達に美雪はぶうと膨れた。 「……相変わらず美雪にはひどい仕打ちだな。いいもん。ええとすずちゃんも一緒にこの体操をしてるんだ。このバストの写真を送ってやるぜ」  そういって美雪は空と大地と一緒にいる写真を小花に送信した。 「『大阪なう』っと。あれ、もう返事が来た。あれ、これって」  美雪が兄貴に見せた画像には、疲れてぐったりしていている彼女がいた。 「嘘? すずちゃん。甲子園に来てるんだって、すぐそこじゃん?」 「呼べ! すぐに」 「迎えが必要か? っていうか電話をしろ! 早く! 美雪」  騒ぐ空と大地に美雪はやれやれで頭をかいた。 「……うるさいな。そんなに慌てるんじゃないよ。ええーともしもし?」  暑い大阪の昼下り。ホテルの窓には西日が射していた。  そんな部屋でウロウロ歩きながら電話をしている妹に、二人の兄の胸も熱くドキドキしていた。やがて電話を終えた妹のキラキラした目に、兄達はそっと微笑んでいた。  完
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