181 ヤマトへ 死闘

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181 ヤマトへ 死闘

「へえ?小花さんのお友達がゲームのチャンピオンか、すごいね」 「そうなんです。お二人ともすごいんです」 移動の電車の中。実は警察官の田中樹男は職業病なのか自然と小花を守るように隣に立っていた。彼女のたどたどしい話しを聞いていた彼は、彼らは彼女の恋人の弟達であり、これからのゲームを応援しに行くという事を把握した。 時刻はまだ5時で、開始は7時であるので、終わるのも早いと思った彼は、小花に同行しようと思っていた。 そして到着したホテルの会場は熱気に包まれていた。 「たくさんの人ですわ。夕べの前夜祭とは比べ物にならないわ」 「はぐれないように私の傍にいたまえ」 こうして人の中を歩いていた時、小花は男性に呼び止められた。 「君。夏の女王にそっくりだね。写真撮らせてくれない?」 「御断りですわ、きゃ?」 「困るな、君」 勝手に写真を撮り始めた男性の腕を樹男は後ろ手にねじった。 「痛たたたた?」 「勝手な真似はゆるさんぞ!今ここで、消去しろ!早く」 樹男に怒号を受けた男は、震える指で小花の画像を消去した。 「あのな。この会場には監視カメラがあるぞ……。同じような事をしたら絶対にお前を見つけ出して損害賠償を」 「すんません!!」 樹男の迫力に男は逃げて行った。 「さあ、行こう。私の背に隠れて」 「はい」 さすが久美の夫は強いなーと思ったくらいの小花は、プロに守られて姫野ツインズのいる控室にやってきた。 「こんばんはー。って、どうなさったの」 「すずちゃん……ピンチなんだよ」 プリンセスソルジャーのジャージを着た大地は、そういって立ち上がった。 「何があったの?空さん?」 「……せっかくここに来てくれたのに、ごめんな」 そういって空は部屋から出て行ってしまった。 「どうなさったの?ねえ」 すると部屋の奥のパイプ椅子に座っていた大学生の萩原が、小花を向いた。 「俺さ。さっき人にぶつかって転んでさ、手をやっちまったんだよ」 彼の手は紫色になっていた。これを見た唯一大人の樹男は、彼の手を取り、医務室に行くように言った。この時、部屋には女子大生がいた。彼女は立ち上が荻原を看護した。 「ほら。萩原君。行くたい」 小花が見たことない女の子が、萩原を連れて部屋を出て行った。 シーンとした部屋に残ったのは、小花、樹男、大地、そしてなぜか女子大生の白鳥可憐が腰に手を当て立っていた。 「説明してあげるわ。ゲームに参加する予定だった萩原君は、あのケガ。そして、オンラインで参加予定の妹さんは、なぜか繋がらなくて参加できないのよ」 「ええ?夕べのリハーサルでは問題なかったのに?」 「大会側に事情を話したのかい?あ、私は彼女の付き添いで、田中と言う」 ちょっとぼーっとしていた大地はやっと樹男の事に気が付き、言葉を発した。 「どうも、あなたは札幌のボクシングの人ですよね。それよりもこれじゃあ、対戦できないんですよ」 「他のメンバーは?」 「知らない人と組むくらいなら、棄権しようかと思っています」 「そんな……あんなに香港のチャンピオンと戦うのを楽しみにしていたのに」 こんな話を聞いても仕方のない樹男は、そっと控室を出た。すると廊下で男達が話す会話が聞こえてきた。 ……○×△○○…… 外国語の会話は日本人には分からないと思って話していた彼らであったが、樹男はただの男ではなかった。 ……なるほど。ゲームがもう始まっていたんだな。 そして会話の中で、彼は信じられない名前を耳にした。 ……なんだって?王担麺が来ている?あいつは香港にいるんじゃないのか? 何気ない顔をして樹男はここをやり過ごし、会場を覗いてみた。そこには姫野ツインズ顔写真と、王担麺の顔が巨大なスクリーンに映し出されていた。 ……やはり本物だ。一体これは?あ?…… 会場の隅に立つ眼光鋭い視線の男の目の合図で、樹男はトイレに移動した。 「wood。ここで何を?」 「休暇で息子の友人といるんだ。姫野というゲーマーだ」 仕事仲間は彼に低い声で囁いた。 「……上からの指令だ。王のゲームする時間をできるだけ伸ばせ」 「姫野は棄権するぞ」 「何とかしろ。また連絡する」 そういって去った仲間に樹男は目を瞑った。 ……何とかしろか、参ったな。 そんな気持ちで姫野達の控室に戻ると、そこでは小花がジャージに着替えていた。 「君がでるのか?ゲームが、できるのかい?」 「今はそんな事を言っている場合ではありませんわ」 「そうよ。オジサンは黙っていて!」 「すずちゃんも、可憐さんも無理だよ」 諦めきれない小花と可憐はリモコンを必死に操作し、やり方を話し合っていた。そこへ空が戻ってきた。 「あ、どうも。あの」 「私は小花さんの付き添いの田中です。よければ力になろうか?俺もこのゲームはやりこんでいるんだよ。ほら、これを」 そういって彼は空に手を見せた。 「……ゲームタコですね。見てよ、大地。この人は相当なやり手らしい」 「すげえ?何時間やってんですか」 「仕事で待機時間が多くてさ。だから君達の事も知っているよ。プリンセスソルジャー」 樹男を加えるか空はじっと彼の顔を見た。 「……まあ、彼女達よりはマシかと思うけど」 「空。どうする?」 「大地は?」 「……せっかく来たしさ。王担麺と勝負なんかなかなかできないし」 「そだな。まあ、ダメで元々やってみるか、良いですか?ご協力いただいて」 「もちろん!私の事は、WOODと呼んでくれ」 「俺はSKY。こっちはEARESです、よろしく」 こうして樹男は急きょゲームに参加する事になった。 「よし!みんな聞いてくれ!今日の作戦だ」 空は部屋で声を張り上げた。 「俺と大地とWOODさんでゲームに出る。そして今、美雪は何とか繋がるように色々やっているから、すずちゃんと可憐さんは、美雪が来るまで待機していて!そしてWOODがアウトになったら、ゲームに参加して!萩原は、二人はこれを守れるように見張って!」 「姫野君。私は?」 「凛香さんは俺達のスマホを気にしていて。もしかしたら兄貴と繋がるかもしれないから、じゃ、行くよ!」 そういって空と大地が小花の元にやって来たので、みんなもこれに倣った。 「すずちゃん。いつもの奴お願い」 彼女は力強く頷き、椅子の上によいしょと立った。 「新バージョンで行きますね。夏の国の戦士よ、戦いの時が来た……」 この声に空と大地は膝づいたので樹男も面白そうだから真似をした。 「……立て!勇者よ。その剣で勝利を掴むのだ!」 「「「はっ!」」」 あっけにとられて見ていた白鳥姉妹に関せず、戦士三名はステージへと向かった。 これを見た司会者は、さっそくアナウンスを始めた。 『さあ。いよいよ始まる「Eスポーツ後半戦」です。このイベントはですね。先程開催された「Eスポーツ」を盛り上げるためのものでして、今夜は日本代表と香港代表の対決を企画しました!イエイ!』 世界一のゲームの様子を待ちに待っていた観客はこの進行に歓喜を上げた。 「……WOODさんは、俺達の背後にいてください。援護でいいので」 「OK」 対戦相手の王担麺は太い眉毛で、ニヤと笑っていた。これを姫野ツインズは無視してスタインバイした。 『では開始です。3、2、1、GO!!』 こうしてゲームの対決がスタートした。 その頃。小花と可憐は美雪が現れるのをゲームの画面を見ながら待っていた。 「まだ来ないのかしら……早く早く来て、美雪さん」 「そげなこつ言っても無理ばい」 「でも、だって」 「落ち着きなか……うるさか女ばい?」 そんな二人を手を痛めた荻原がハラハラしながら見ていた。 「くそ。俺がケガをしなかったら」 「そげなこつ言っても、手遅ればい、今は応援に専念しよっと?」 こうしてステージ外でも白熱していた。 ……♪♪♪…… 「ひや?着信ばい?もしもし」 空のスマホが鳴ったのを可憐が取っていた。相手は驚いていた。 『あれ、あの、この電話は……自分は姫野の兄ですけど、弟は?』 「兄さんですか?あのですね、今、弟さんはピンチと!ばってん、どげんとたらよかとです?」 『は?』 「良いから!凛香さん、俺に代わって!すみません、荻原です。実は……」 ゲーム初心者の萩野は夕べのリハーサルの時に戦略を教えてもらった姫野に、今の状況を簡単に説明した。 『そのWOODというのは何者だ。それに王担麺相手に美雪無しで持ち堪えているのか?』 「言われてみればそうですね……」 『WOODとは普通のスペルか?』 「待って下さい、よーく見ると違いますね……WとDの間のOがご4個ですね」 『俺も今、ネット中継を見ている、『WOOOOD』……もしかして、そうか、なるほど……』 そういって姫野はしばらく黙ってしまった。 「姫野さん?」 『フフフ……大丈夫だよ、美雪が来なくても平気かもしれないぞ。じゃ、俺はこれで』 こうして電話を切られた萩原に凛香は詰め寄っていた。 「して?どうなん?」 「大丈夫じゃないかって、切られたし」 「もう!話しにならんと!?」 興奮する凛香の向こうでは、小花と可憐があーだ、こーだと言いながら美雪がゲームの席に現れるのをずっと待ちながら、控室のスクリーンでゲームを応援していた。 『先ほどから死闘が繰り広げられています。香港チーム4名に対して、日本チームは3名で応戦してします。これは何か戦略があるんでしょうか!』 確かに香港チームの4名は、各自は本当に強いが、4人が同時に攻撃する機会はほとんどなく、息の合ったプリンセスソルジャーの3名は優位に立っていた。 『おおっと!SKYとEARESの合わせ技を……キターーーー―?WOOOODの古コンボだ!』 会場からはおおと歓声が上がった。 「すげ?アハハハ。WOODさんて何者?」 「油断するなよ、空君。ほら、来た」 「俺に任せて……よいしょっと。やった!倒した?!アハハハ」 自分達をサポートしてくれる樹男に空と大地は嬉しくなって、戦いを楽しむレベルでプレイしていた。 「おおおお……来るぞ、お前達、俺に任せろ……は!」 敵の一斉攻撃を、WOODは予測していかのようにチャージしていた力で防いだ。 大昔、姫野岳人とオンラインゲームで死闘を繰り広げていた樹男は、最近になってまた暇になったので、ゲームを再開していた。 しかも、今の職業のおかげで、姫野ツインズに動きに合わせて、戦う事が彼には出来るのようになっていた。 ……おっと、まずいな。時間をかけるんだっけ。 公安当局の仲間の指示を思い出した樹男はここで少し手を緩め、いい感じで戦っているようにフォローに回った。 『ここで日本チームは疲れてきたか?戦いはこう着状況になってきました……』 樹男がふと会場の奥を見ると、仲間はうなづき、これを終わらせるように合図した。 「さて……そろそろお遊びは終りだ……君達の本当の力を見せてくれよ」 「つまんないけど……仕方ない。大地、行くぞ!」 この言葉をきっかけに、ツインズはスーパープレイを繰り広げ、香港チームを倒した。 『勝者は日本です!今の動きは凄かったですね。今の戦いは再生で、会場で映しますのでこれからゲーム会社の方と、解説をしていきます……』 そんな興奮の中、空と大地と樹男は、控室にやって来た。 「やったぜ!見てた?」 「バリカッコよか……」 「感激たい……」 感動している白鳥姉妹をスルーした空と大地は小花に駆け寄った。 「すずちゃん。応援ありがとう!」 「すずちゃんのおかげだよ」 「……そんな事ありませんわ。お二人の日頃の努力の賜です。本当に努力って裏切らないんですね……ぐす」 「なした?だ、大丈夫かい?」 涙ぐむ小花の顔を大地が覗きこんだ。 「……ごめんなさい。私すっかり緊張していて……ゲームに出るかと思っていたから……」 「ごめん!?心配掛けて」 「一緒に戦っていてくれたんだね。ありがとう……」 空は右から、大地は左から、そっと彼女を抱きしめた。この様子を見てい樹男は、廊下にすっと出た。すると向うから男がやって来て通り過ぎて行く時に囁いた。 「撤収だ」 「了解」 樹男は自動販売機で飲み物を買うと、控室に戻ってきた。 「空君!その女は誰よ」 「そうたい!こげん美人が目の前におるのに!」 白鳥姉妹に責められているツインズを他所に、小花は樹男に向かった。 「ご主人さま。助けてくれてありがとうございました。おかげで今日も地球は守られましたわ」 「力になれて嬉しいよ。じゃあ、ホテルに戻ろう」 「あ。待って下さい。WOODさん、本当に楽しかったです、今度、対戦しましょうよ、あの……」 大地はそういって樹男と連絡先を交換していた。その時、空が小花に声を掛けた。 「すずちゃんは、明日のボクシングの試合を観て札幌に帰るんでしょう」 「うん。空さん達にはお会いしませんわ。気を付けて帰って下さいね」 「冷たいな?またうちに来てよ……。飛行機代は俺達が出すからさ。ね!」 そういって彼女の手を握る空に、小花は微笑んだ。 「まあ、困った事?フフフ……今度姫野さんと行きますね」 「いいよ。すずちゃんだけで」 この甘えっぷりを見て白鳥姉妹は、唖然としていた。 「荻原君。何なん?あれ」 「へ?だって小花さんは可愛いでしょう」 「それはそうだけど」 空と大地と手を握ってぶんぶん振っている小花を可憐はじっと見ていた。 「それでは皆様。御機嫌よう!」 「小花さんはちゃんと連れて帰るからな!お疲れさん」 こうして小花と樹男は駅へと向かって歩いていた。 夏の奈良の夜。イベントはまだまだこれからなので、道を歩く人は少なかった。 「そうだ。久美に何か買って帰らないと」 「何がいいかな。私、メールで聞きますわ。えーと……」 電車を待つホームの小花が上の空なので樹男はそっと腕に入れた。 ……息子達が夢中になるはずだな。こんな初々しいお嬢さんだもんな。 「おっと。電車が来るぞ」 「久美さんは、お握りでいいそうです」 「コンビニでいいか。俺達は向うの駅で何か食べよう、ねえ、小花さん」 「はい?」 「明日は拳悟の応援を頼むよ」 「もちろん!私はそのために来たんですわ。さ、戻りましょう、ご主人さま」 到着した電車のドアが開き、二人は乗り込んだ。 古都、奈良の夜はこうして楽しく更けて行った。 完
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