227 決戦は平日

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227 決戦は平日

「どれ。始まったか……北海の先発は控えの選手か」 「なにか作戦でしょうかね」  平日の午前中のスポーツカフェで、石原は見たこと無いような真剣な顔で解説を始めた。 「北海の龍生君は問題なさそうだったのにな。それにこのピッチャー。無名過ぎて相手もよく分からないじゃないか?」 「いきなり甲子園の決勝でデビューさせるとは……」  驚く姫野に塩川はスマホで情報を検索していた。 「石原君。この選手は打撃がいいみたいだぞ」  先攻の北海は、立ち上がり制球が乱れている相手投手の球を見極めて、ヒットを打ちノーアウト満塁にしていた。 「まさかと思うが。北海の監督はこれを想定して、打率の良い投手したのか?」  テレビの画面ではピッチャーの選手が打席に立っていた。 「打った?……行け! 入った!ホームランだ」  この瞬間、北海道民達は『うおおおおーーーー』と叫んだ。その頃、甲子園では北海学院の応援が盛んに行われていた。  点が入った時の『パラダイス銀河』が演奏されている中、大西一家は水休憩をしていた。 「いや~。助かった。この4点は大きいわね。修ちゃん」 「ああ。彼にはあとで御礼を言わないとな」 「何を言っているんだよ!試合はこれからさ!応援だよ」  そんな話をしている間に、北海の5番バッターは、ホームランを打たれてショックから立ち直れていない投手の初球を狙った。  カキ――――ン! 「また打ちましたわ……あ、入ったわ?きゃ~~~~~」  ホームランに北海の応援席は興奮で揺れていた。 「でも、私達は応援しないと!」 「そうですわね。キヨさん」  レギュラーの家族たるもの模範とならなくてはならない大西一家と小花は、必死に次のバッターの応援をしていた。  やがてアウトとなり今度は守りの北海学院は、応援も一息入れていた。 「修ちゃん……このままいけるんじゃないの?」 「でもまだ初回だしな」 「そうですわ。油断大敵ですわ!」  しかし。このまま両チームノーヒットであれよあれよで回は進んで行った。 「かっ飛ばせ!鈴木♪!」  打席に立つ選手をみんなと応援していた小花は、あれ?と何かが気が付いた。 「修司さん。バッターは鈴木君じゃないですわ。応援する人が、ずれているわ」 「……暑さで応援団も訳が分からなくっているんだな」 「本当だ!鈴木君は二塁にいるわ……。じゃあ、今打席にいるのは誰なの?」  テレビの前とは違いなんの情報もないため、応援席の人々は試合の様子も良く分からず、ただ闇雲に応援をしていた。 「暑いからね……。ちょっとゆめ子さん。あのチアガールさんは大丈夫なのかい」  彼女達の斜め前に立っていた女の子は顔を真っ赤にして、少しぼーっとしていた。 「お義母さん、どいて!あのね。あなた大丈夫?少し休みましょうよ」  憧れのチアガールをしていた北海女子は、かなり無理していたので、おせっかい保護者のゆめ子は彼女を抱え救護室へ連れて行った。 「早めに気が付いてよかったね……あ、修司。あの男の子は?」  応援団員の彼は、苦しそうに膝を付いていた。 「おい。大丈夫かい?」 「……目の前が真っ暗で」  甲子園に遊びに行けると思って軽いノリで応援団員になった彼だったが、ここに来たらそんなことは言っていられず必死で連日の応援をしたが、身体が悲鳴を上げこの暑さにやられていたので、見かねた修司は救護室へ連れて行った。 「応援も命がけだよ」 「ねえ。キヨさん! いつの間にかピッチャーが龍生君になっていますわ」  大量リードにここだ、とエースを投入した北海学院の監督は、マウンドの龍生をじっと腕を組んで見ていた。 「今は……5回か。どうだろうね」  その頃、札幌の石原も試合の動向を探っていた。 「早めの継投だな。このまま逃げ切る気かな」 「でも向こうはようやく北海の変化球に慣れて来た所でしたよね」 「そうだな。だからここで龍生君に速球を投げられたら打てないぞ」 「そんな感じね」  姫野と塩川夫妻の話通りに龍生は三振ショーを繰り広げていた。 「恐ろしい? こいつこんな早い球を投げられたのか?」 「ハハハ! これは決勝だからな。明日の試合を気にしなくていいしな」  そういって石原と塩川医師は嬉しそうにアイスコーヒーを飲んでいた。9回の裏。龍生の剛速球に会場は興奮に包まれていた。 「……あと一人だわ。あ、小花ちゃんじゃないの?」 「そうですね。あんまり映さないでほしいな」  マウンドを必死な思いで見守る美少女として、北海のチアガールでもブラスバンドの女子でもない小花の横顔がアップで映っていた。 「……終わった。優勝だ!」  ヤッタ―――とスポーツカフェは興奮に包まれた。そんな騒ぎの中、姫野はテレビに映っている老婆と抱き合って泣く小花をじっと見ていた。 「きゃ~~~! やりましたわ! キヨさん」 「ああ。ありがとうね、小花ちゃん。私をここまで連れて来てくれて」 「こちらこそですわ! あ、北海ナインです」  観客席の下に揃って挨拶する北海球児にみな熱い拍手を送った。 「さて。クールダウンして表彰式ですね、あ。ゆめ子さん」 「終わっちゃったみたいよ、修ちゃん」 「まあ、そんな事だろうと思った」  最後に三振を取って、走って来たキャッチャーと抱き合った息子を見ることが出来なかった夫妻は表彰式の用意をしているマウンドを見ていた。 「でもね。これで終わりじゃないから。龍ちゃんはこれからよ」 「そうさ。まだまだ野球は続けるんだから」  こうして北海学院の応援保護者達の長くて暑い戦いがようやく終わった。  そして表彰式が終ると、応援一家はようやくホテルに戻って来た。 「疲れた~~~。でも今夜は飲むわよ!」 「あんまり羽目を外すんじゃないよ」 「それよりもさ。何か食べようか」  その時。小花のスマホに姫野美雪からメールが来た。 「あら? 知り合いが大阪にいるみたい……ええと」  小花は自分もいる場所を知らせるためにさっき球場で撮った写真を送信した。 「あらら? 今度は電話。もしもし」 『美雪です! 今はどこなの? 私は双子の兄貴とゲームショーに出るの』 「まあ、ゲームショーですか?」 『代われ! もしもし……小花ちゃん。俺どっちか分かる?』 「ウフフ。優しいお声は、大地さんね? 空さんはもっと早口ですもの」  そして電話を代わった空から来て欲しいと言われた彼女は、そばにいた大西夫妻に背中を推されて彼らに逢いに行くことにした。  高齢のキヨは大西夫妻のホテルに空きが出たのでそこで休む事になった。 こうして小花は姫野きょうだいのいる大阪のホテルにやってきた。 「こんばんは」 「あ? 来た!ね!ほら、すずちゃん!」  飛びついて来た美雪に笑顔で応えた彼女に、空と大地も向かって来た。 「逢いたかったよ」 「すずちゃん!」  そういって双子は彼女の手を取ったので、小花はその手をぶんぶんと振った。 「私もです! お二人ともゲームを頑張っているんですね……。努力家で立派だわ」 「そんな風に褒めてくれるのは、世界ですずちゃんだけだよ」 「ねえ。本気でずっとそばにいてよ」 「まあ? ご冗談を」  こんな再会を果たした四人は、すぐにゲームショーの会場へ向かった。 「今回は美雪さんがいるので心配ないですね」 「おう! 黙って美雪に付いて来い!」  アハッハハと控室で高笑いする力強い妹を空と大地は相手にせず、ゲームのシミュレーションをしていた。その時。この部屋にもう一人のゲーマーがやって来た。 「おつかれ! お、小花ちゃんじゃないか? また応援に来たんだね」 「樹男さん? お元気そうで」  彼の息子の鉄平や拳悟よりも彼に逢っている小花は嬉しくて握手をした。 「これで怖いものはありませんね! さあ! 参りましょう!」  おお!とゲーム集団プリンセスソルジャー達はイベントの会場へ向かった。 今回は三人同志の対戦で、オンラインで対戦する形であった。  大阪の繁華街にあるゲームカフェの大型スクリーンには地球防衛隊のゲームが行われており、既に白熱していた。 『さあ!ここで伝説のゲーム集団。プリンセスソルジャーの登場です! 対戦者は……彼らです』  本日の午後から予選が行われており、見事勝ち抜いてきたチームが、姫野きょうだいの相手となった。 「樹男さん。相手はどなたかしら」 「チーム『サッポロ』か。ええと、名前は……」  大型スクリーンには、アバター名が『Wind』『Water』そして『Black mountain』と記されていた。 「どんな相手が来ても姫野さんたちは負けませんわ」 「始まったが……かなりのやり手だな……」  チーム『サッポロ』は、二人の動きは普通だったが、一人の勇者キャラの動きが異常だった。 「ヤバい!ダメだ。美雪、WOOOODさんと代われ」 「このままじゃやられるぞ!下からの攻撃を何とか封じろ」 「OK!」  樹男に後退して攻撃力を上げている間、ハラハラしている小花を他所に美雪は相手の動きを見て攻略する作戦を練った。 「みんな聞いて! 向こうのBiackはWoooodさんが足止めして! 後の二人は兄貴達で攻撃して!」  美雪の声に動いた男達は、作戦通り先に二人を倒した。しかし、その代償でWoooodは戦闘不能になった。  チームサッポロは代わりに『salt』を出し、大地と戦って供に倒れた。 こうしてステージには、skyの空と、snowの美雪と、Biackの三人になった。 「来るぞ。美雪」 「……わかっている!」  するとBlackはこれを知っていたかのように二人の先手を取り、あざ笑うかのように攻撃を仕掛け、そして倒してしまった。 「うそ? プリンセスソルジャーが負けるなんて」 「……マジかよ……」  会場も驚きの声で姫野きょうだいに視線を注いでいた。これに慌てた司会者が休憩をはさんで彼らを控室に送った。 「なんなの、あの強さは」 「ああ。俺達の手の内をすべて知っている感じだったよな」 「……過ぎた事は仕方がないですわ。それよりも次ですわ。この敗北を生かしていかないと」 「そうだよ! さっきの奴らにリベンジしないと」  鼻息の荒い女の子と違いナイーブな男子は落ち込んでいた。しかし、頭を抱えていた大地と下を向いていた空は、なにやら話していた。  そして反省点を見出した二人は樹男にこれを説明し、プリンセスソルジャーはさっきの『サッポロ』に再試合を申し込み、手合わせした。 「すごい! 空さんが後ろから?」 「やった! Blackを倒したぜ! あとの二人は楽勝だぜ!」  三人男の一斉全力攻撃を受けて倒れたBlackが去った後はあっけなく他の二人も倒れ、姫野きょうだいの面目は保たれた。  こうしてこの夜はこの『サッポロ』以外には余裕勝ちをし、プリンセスソルジャーは会場を後にした。 「私はこのままホテルに帰りますわ」 「ええ? 私達の部屋は広いんだからさ。一緒にまだお喋りしようよ」 「ふわ……ダメですわ。私はもう限界ですの。眠くて」 「よし。俺達ですずちゃんをホテルまで送ろう」  樹男もここで仕事に戻ると言い彼らと別れたので、姫野きょうだいは彼女をホテルの部屋まで送り届けた。 「すずちゃん。頑張って、もうすぐベッドだよ」 「でも……シャワーを浴びたいわ」 「……浴びるだけにしなよ。美雪! シャワーの用意だ」  眠くてふらふらの彼女を美雪に託してバスルームの押し込んだ双子達は、彼女が上がってくるのを待った。 「兄貴! すずちゃんは浴びてバスローブ姿だからね。下には何にも着てないから」 「わかった! 絶対見ないから」  そして半分寝ている彼女を受け取った大地は、彼女を座らせ長い髪をバスタオルで拭き、空はドライヤーを掛けていった。  そして美雪が水を飲ませている間に髪が乾いたので、空は髪をとかし、大地は顔に化粧水を塗ってやった。 「よし。後は……いいや。美雪、このホテルのパジャマを着せて寝かせろ!俺達は部屋の外にいるから」 「うん。待っていてね」  こうして美雪に任せた空と大地は、ばっちりだぜ、という妹の髪をくしゃと撫でてここを後にした。  翌朝。いつの間にかちゃんとベッドで寝ていた彼女はこれを不思議に思ったが、美雪からのメールを読み状況を理解した。  そして大西一家のホテルに向かった。小花とキヨは大西夫婦と違う便だったが、空席が出たので、四人は同じ正午過ぎの飛行機で新千歳空港まで帰って来た。そんなこんなで夕刻に中島公園1丁目まで帰って来た小花は、涼しい札幌の空気に安堵しながら自宅まで歩いていた。 「あ、姫野さん。御待ちになりました?」 「いいや。今来た所だよ」  空港に着いた時に彼女から知らせを受けていた彼は、こうして自宅の前で彼女を待っていた。 「どれ、荷物を寄こせ」 「重いですよ……あのね。甲子園も凄かったんですけど、夜のゲームショーもなかなかハードだったの」 「ほう? 聞かせてもらおうか」 「その前にカバンを返して下さいませ。鍵を出すから……。あのね、すごく強いゲーマーがいて一回負けてしまったの」  そう言いながら小花は玄関をがちゃと開けた。 「弟達が? 信じられないな」  そういって姫野も玄関に入ると靴を脱いだ。 「そうでしょう? 私もショックで。美雪さんなんか怒って紙コップをぐしゃとひねりつぶしてしまって」 「……物に当たるとは。美雪には良く言って聞かせないとな」 「そんな気持にもなりますわよ。ねえ、どうしてそんなにニヤニヤしているの?」 「ん?別に」  妙に喜んでいる姫野に首をひねりながら小花は冷蔵庫から麦茶が入ったポットを出した。グラスを二個持ってきた彼女はこれに注いでいった。 「でも……急に甲子園に行って心配かけてごめんなさいね。姫野さんは何をなさっていたの?」  彼はこの琥珀色が揺れるのをじっと見ていた。 「俺か?……甲子園を観戦した後、風間と二人で食事をしていたら、偶然、北大の水沼君と、塩川クリニックの息子さんも同じ店にやってきたんだ。まあ、四人で野球の話や、趣味の話をして盛り上がったんだ」 「……そうですか。楽しかったの」  ソファに座っていた姫野はグラスを受け取ってにやりと笑った。 「ああ、楽しかったな~。久しぶりに痛快だった」  彼女も麦茶を一口飲んでテーブツにグラスを置き、彼の隣に座った。 「鈴子はゲームで負けて悔しかったですわ。あのBlackの動き。本当に憎らしいんですもの」 「そんなに憎いか」 「ええ! やっつけてやりたいわ」 「ハッハハハ。そんなにか?アハハハ……」 「何がそんなにおかしいの? ねえ」  理由を明かさない姫野の両頬を彼女はむぎゅと横に引っ張った。 「言いなさい!」 「い、や、だ」 「こうしてやりますわ」  今度は姫野の鼻をぎゅっと掴んだ彼女の手を彼は掴んだ。 「そんなに怒るなよ。な!」 「忌々しいですわ……」  そういいながら彼女は姫野の鎖骨のあたりに顔を埋めた。 「ねえ。夏山愛生堂のタオルがすごく良いから、優勝記念に生徒と後援会の人へのプレゼントにしたいって北海学院の学院長さんがおっしゃったの。だから鈴子は良く分からないので姫野さんの番号を教えてしまったわ」 「いいよ。俺が対応しておくよ」 姫野は優しく彼女の髪を撫でた。 「あとね。お薦めの冷涼スプレーを向うで買って使っていたの。それを見た北海の野球部の人がぜひ使ってみたいっていうので。狸小路の風間薬局で買って下さいっていておきましたわ」 「いいんじゃないか。風間社長なら配達もしてくれるだろうし」  すると彼女は彼をじっと見上げた。 「どうした」 「いいえ。しばらくお顔を見なかったので。良く見ておこうと思って」 「そうだな……良く見ておこうな」 「うん」  そういって彼らはおでこをくっつけていた。  二人のいる部屋のベランダの窓の外には、夏の花が咲き誇っていた。西日が射して来た花園には、蝶がひらひらと飛んでいた。そんな庭を眺めていた若い恋人同士は、愛を充電するかのように夏の刹那を過ごしていた。 完
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