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230 熱血キャンプ
「松田さん。またバーマンさんから連絡がありましたの」
「伊吹の中学校のPTA活動なのに直で小花ちゃんに連絡が行くようになってるのね」
朝の中央第一営業所で驚く松田の声に石原も顔を上げた。
「この前は薬物防止の研修会だろう? 今回はなんだ?」
「……これですわ」
小花が見せた画像には『青少年育成キャンプ』とあった。
「里美中のPTA会長の千葉さんは、この運営の責任者なんですよ。親子で参加して自然に親しむだけなんですけど、参加者が全然いないんですって」
「場所は滝野公園か。近いけどな」
「滝野? 部長、そこは心霊スポッむぐむぐ?」
「風間……要らん事言うな。それにキャンプ場は離れているんだぜ」
心霊スポットに詳しい石原の囁きを理解した風間は、うんと頷き塞がれていた手を離してもらった。
「鈴子。それはバーマンさんも行くのか?」
「そうです。そして私と伊吹君で参加出来ないか、と言う事ですわ」
「待って! それはいつなの?夜 なら私も行けるわよ」
日程を確認した所、その日は朝から活動するものだったので日中の活動は小花が行い、松田は仕事が終わり次第キャンプに向う事が可能だと分かった。
「お泊まりは松田さんで、私は日中の冒険活動ですね」
「小花ちゃん、なにその冒険活動って」
「良く分かりませんが、滝野の森を歩くとか、炭を起してご飯を炊くとか、カレーを作るとかじゃないですか?」
「まあ、そんなもんだろうな……ん?なした姫野」
のんきな仲間の中で彼だけは、眉間にしわを寄せていた。
「部長。俺も行っていいですか。伊吹君の父親代わりで」
「ダメだ……それにだ。お前は少しお姉ちゃんがいなくても平静を保てるようにしないといけないぞ」
「そうですよ! 八つ当たりされる身にもなってください」
「すまん、無自覚なんだ」
そういって頭を抱えた姫野に小花は優しく頭を撫でた。
「姫野さん……鈴子は必ず帰って来ますわ。だから一人でお留守番ができるようになって下さいませ」
「お前は寂しくないのか」
「だって半日ですよ? それに鈴子には……これがありますの」
そう言って彼女は胸に飾ったネックレスをチラーンと見せた。
「姫野さんがくれたんですもの。鈴子は寂しくないわ」
「……そうか。分かった。俺も強くなるよ」
「その意気ですわ!」
にっこりほほ笑んでいる二人に、三人はため息交じりに仕事を再開していた。
そんな感じで、キャンプの当日となった。
「おはようございます! 自分は会長の千葉であります!よろしく!」
空手道場を経営している千葉はこういうサバイバルが大好きのようで、上下を迷彩服で決め頭にはバンダナを巻いていた。
「本日は市内の中学校から集まってくれた中学生の親子が対象であります。みなさんぜひ交流を深めてください!」
こうして張り切った挨拶が済むと、他の中学校のPTA会長が説明した。
内容は、午前中、オリエンテーションで森を歩くもので、途中のクイズに応え、ゴールまでのタイムを競うものだった。
そして昼はカレーを作って食べ、夜はバーベキューとキャンプファイヤ―になるというオーソドックスなものだった。
「小花さん。オリエーテーションはマジでいくわよ」
「もちろんですわ。洋子ちゃん!」
「そういうと思いました。僕も全力でやります!」
しかし。もう一人の参加者のバーマンパパは、一緒にやって来たはずなのに、いつのまにかテントに帰っていた。
「どうなさったの?」
「OH! 小花?」
持ち込んだノートパソコンに向かっていた彼の説明によると仕事が溜まっているので、オリエーテーションは三人でお願いしたいと言った。
「……わかりましたわ。三人で大丈夫ですわ」
IT企業の社長のバーマンが本当に忙しそうなので、小花は彼を置いてオリエーテーションのスタート地点に戻って来た。
「そうですか。でも三人で平気ですよ」
「うん。伊吹君が入れば十分だよ」
そんな話をしていた時、千葉がやってきた。
「やあやあ。どうしたバーマン部長は、何! 参加できないだと?」
自分の中学校の人に優勝をして欲しかった千葉は、くそ!!と石を蹴った。
「落ち着いて下さい! 私達三人でも力を合わせれば」
「……お待ちください! 我に案がありますので」
そういって千葉は役員のテントに行くと、すぐに帰って来た。
「大丈夫です! 私が参ります」
「「「えええ?」」」
ハハハと高笑いの千葉は膝の屈伸を始めた。
「私は今回のキャンプは全部仲間に丸投げをして内容は知りませんので、クイズの内容は知りませんのでご安心をなされ! さあ、参りますぞ……」
「何よそれ? 千葉会長は何もしていないんですか?」
「洋子。失礼な事をいうな」
「呼び捨てにしないで! もう、足を引っ張らないでよ!」
「小花さん。コースが長いので水分補給をしていきましょうね」
「伊吹君もね、あれ? 髪がからまって」
「僕がやりますよ。どれどれ……」
彼女の結んだ髪が服に絡んでいたのを伊吹が優しく直しているのを洋子と千葉はじっとみていた。
「……洋子君。彼らはいつもああなのか」
「そうですよ。仲良しなんです」
「時代は令和だもんな……今の若者はこれくらいは当然なのか」
二人の仲の良さにショックを受けた千葉だったが、すぐに復活した。
「お? 俺達の出番だ。行くぞ!」
「「「はいっ」」」
こうして四人はスタートを切った。まずは地図通りに土の道を進んだ彼らは最初のクイズを発見した。
「読みますわ。問題。『大阪万博で太陽の塔を作った』
「岡本太郎だ!次」
千葉の怒声を伊吹は素早く回答用紙に記入し、四人はまた駆けだした。
「次の問題だわ。ええと……中国ではキジとウサギを用いた算術で」
「鶴亀算です!次!」
伊吹の声に三人は問題の意味もわからぬまま先へ進んだ。
「次の問題は洋子が読むよ。小さじ一杯は何グラム?」
「3ですわ!次へ」
小花の答えを信じた三人は次のクイズへ足を速めた。先に出発した二組を抜いた彼らは次の問題を呼んでいた。
「はあ、はああ……なんですって。日本百山に選ばれた山で唯一カタカナの」
「小花さん!トムラウシ山です!」
「伊吹君がいうならそれでいいのよね」
答案用紙に答えを記入した四人はひたすら次のポイントを目指して走って行った。その時、先頭を走っていた洋子は悲鳴を上げた。
「蛇よ! 道にいるわ」
「千葉さん。何とかして! 伊吹君は私の後ろよ」
そういって洋子と小花に背を押された千葉はゆっくり蛇に近付いた。
「怖いな……」
「いいから早く! 次の組に追い付かれるよ!」
「千葉さん。なんとかして!」
「みんなどいて!」
すると背後にいた伊吹は、蛇に石を投げつけた。
「ギャ~~~~!」
石に驚いた蛇は早いスピードで千葉に向かって来たので、彼は中学生をおいて逃げてしまった。
「小花さん?!! あぶない」
「……は!」
逃げようとした洋子と伊吹の制止に構わず彼女は持っていた木の枝で、蛇の頭を押さえた。
「さあ。今のうちに!」
「ほら! 腰を抜かしている場合じゃないでしょ!立って」
「小花さん。行こう」
「うん。じゃ、離すわね、せーの」
そういって小花は素早く手から枝を離し、この場をダッシュした。
「はあ……怖かった」
「あれは青大将よ。毒は無いわ」
蛇をさほど怖がっていない小花は、すぐ先を急ごうといった。その後も英語や生物の問題がでたが、これは洋子と伊吹で難なくクリアした。
「札幌の街を開拓する時に円山から測量した人物は……」
「「「「大友亀太郎」」」
「『カア、カアといえばカラスですが。札幌でチュン、チュンといえば』
「「「「地下鉄!!」」」」
こうして札幌あるあるを答えた四人は、見えて来たゴールへ走って行った。
「千葉さん早く!」
「そんな事言ったって、限界」
「限界は越える為にあるんですよ!」
「会長なんでしょ! 行ってください!」
若者三人に即された千葉は最後の力を振り絞ってゴールした。
「お疲れ様です、答案を下さい。おお?全問正解だ」
「千葉さん……『空手バカ一代』の作者は、千葉さんの答えで合っていましたわ」
「だろう? 俺の青春のバイブルなんだよ」
みんなは「つのだじろう」と言ったのに彼だけが梶原一騎と正解を出していた。
「今ネットで確認しました。原案は梶原一騎でイラストはつのだじろうなんですね」
「それよりも昼の用意だ。カレーの出来もチームの得点になるんだから」
どこまでも競いたい昭和世代に付き合って、若者は料理を開始しようとしていた。
「あ。ダデイ! 何をしているの?」
「ヨーコ!」
お留守番をしているはずのバーマンは仕事が終って暇だったので勝手に料理を完成させていた。
「まあまあ……でも美味しそうよ。私、味見をします。ん?……」
何も言わない彼女に代わって伊吹も味見をした。
「なんだろう。美味しくないですね」
「ごめんなさい。ダデイはなんか勝手に色々入れたみたいで」
「あれ! ご飯が焦げたにおいか、あ」
真っ赤な薪の中に無造作にほおり込まれた飯盒からは怪しい煙がでていた。
「強火過ぎです? ああ……焦げていますわ」
「もう。なんで勝手な事をするのよ……」
洋子に叱られたバーマンは頭をかいていた。しかし、その時、小花はバックかな何かを取り出した。
「みなさん。これを使いましょう」
「これは『ザトウのご飯』だ?」
「そうです。これをあたためましょう」
小花がもってきたレトルトの白米でなんとかなりそうだったが、まだカレーが不十分だった。
「……少し薄めましょう。そして、そうね。赤ワインがあるといいんですが」
「赤ワインだね!洋子がなんとかするから!」
洋子はそういってどこかへ走って行った。
「大丈夫かしら」
「店なんか無いんだけどな……」
「ヨーコ……」
でも心配しても仕方が無いので、小花はカレーを何とかしていた。そして洋子は役員達が夜飲もうとしていた赤ワインを千葉から一本もらってきた。
「はい! 余市ワインだよ! 完成したカレーを分ける事で話しを付けて来た」
「さすがですわ! これで何とかなりそうよ」
こうして小花のアレンジしたカレーはものすごく美味しくなった。彼ら以外の参加者のカレーも完成したので、ここでお昼となった。
「美味しい? 美味しいよ小花さん! ね、ダディ!」
「うん、サンキュ! 小花」
「良かったですわ。伊吹君、ご飯はまだあるわよ」
「はい!」
「小花さん!! 自分のはどれですか?」
「きゃ! びっくりした。千葉さんですか、ええと」
白米に予備がなかったので洋子は飯盒のご飯から焦げていない部分を集めて、千葉カレーを完成させて彼に渡した。
「いただきます! うん、この焦げくさいのがまたキャンプのだいご味ですな」
「そういっていただけると嬉しいですわ」
「して、小花さん。ここでお願いがあるのです」
千葉の話によると、先程のオリエーテーションでかなり好成績の里美中は他の学校からも注目されており、中でも若すぎる小花が本当に保護者なのか、と問い合わせが来ていると話した。
「夜には伊吹君のお母さんがくるわけですので、自分は思わず小花さんは伊吹君のお姉さんなんだと申してしまいました」
「確かにお母さんには見えないもんね」
「そうか。じゃ。今は私と伊吹君は姉弟という扱いなんですね。それでいいわよね、伊吹君」
「いいですよ。お姉さま」
「ぶ! お姉さま?」
早速ふざける伊吹に洋子は飲んでいた水を噴き出した。
「でもそうなりますわね……。そうね、私はもっとお姉さんらしく伊吹君のお世話をしないといけないのね。はい、伊吹君、お口を拭きましょうね」
「ぶ! マジで?」
しかし伊吹は本当に小花に口元を拭いてもらっていた。これに呆れた洋子は、バーンと千葉の背中を叩いた。
「何をするんだ」
「見てよ。あれ。どうするんですか!」
隣に座って伊吹の世話を甲斐甲斐しくしていている小花を見て、千葉は目を細めた。
「……いいんじゃないか。伊吹君は勉強ばかりで顔色もすぐれなかったら心配しておったんだが、まだまだ中学生だ……。ああいう一面もあってほっとしたよ」
「ええ? ベタベタし過ぎでしょう!」
「そう目くじら立てるな! 男は誰でもあんなもんだ、さて、俺は役員のテントに戻るか……」
そういって去って行った千葉に信じられない気分でいた洋子の肩を誰かが叩いた。
「洋子ちゃん。もう御馳走様なの? お代わりする?」
「小花さん……洋子はもういいです」
「そう。じゃ私が食器を洗うわね、洋子ちゃんは伊吹君と火の始末をお願いね」
そういって彼女は水場へ行ってしまった。
「洋子さん。この炭ってどうするんだろう」
「夜もつかうんじゃないの。どれ」
伊吹と洋子は火を囲んで座っていた。
「伊吹君さ。小花さんの事好きなんでしょう」
「ああ、好きだよ、それがどうかした?」
「でも小花さんには姫野さんがいるじゃないの。空しくないの?」
空しくないの、と聞かれた伊吹は思わず口角を上げた。
「……まあ、そういう気持ちになることもあるけど、僕は小花さんにとって最高の年下の男を目指しているんだ。だから今はそれでいいんだ」
「最高の年下の男……。低いようで高い目標だね?」
「ハハハ。洋子さんて面白いな」
そこへ小花が戻って来た。
「伊吹君、お皿の米粒が取れないの。残りの火でお湯を沸かして」
「はい!」
「洋子ちゃん。残った赤ワインをどうしましょうか?」
「ごめん! ダディがテントの中で仕事しながら飲んでいるわ」
「まあ!フフフ。いいですよ、ああ。少し疲れましたわ」
「小花さん。ここに」
木のベンチに座っていた伊吹と洋子が開けて間に小花は腰掛けた。三人で火を見ていた。
「伊吹君。今回のオリエーテーションって、高校受験の時の実績になるかな」
「なるんじゃないのかな。他校の生徒と交流を深めたとかで、あれ?」
「ZZZZZZZ……」
いつの間にか小花は伊吹にもたれて眠っていた。
「大丈夫? 伊吹君」
「うん。いつものことだから。よいしょっと」
洋子が立ち上がったので、伊吹は小花の頭を膝に乗せ足を伸ばしてやった。
「私、掛けるもの取って来るね」
真夏とは言え涼しい森の川辺。他の学校の生徒もいる騒がしい中、小花は伊吹の膝で眠っていた。
……空しいか。人から見ればそう見えるのかな……。
小花に対する想いは、みんなの想像をはるかに越える程のものだった。
恋とか愛とか、男女の話を越えて、人としての彼女が大好きだった。
彼は大好きな彼女の髪を優しく撫でていた。そこへ役員らしき人が声をかけて来た。
「大丈夫ですか? 気分でも悪いのかな」
「いえ。姉が疲れて寝ているだけです。ご心配なく」
やがて洋子が持って来たバーマンの大きなウエアを彼女にふわと掛けてやった。伊吹は頭の部分に枕がわりのタオルを置くと、立ち上がり代わりに食器を洗いに行った。
滝野公園の昼下り。涼しいキャンプ場の里美中のテントは、こんな熱い思いに包まれていた。
つづく。
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