231 フュークダンスは熱々で

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231 フュークダンスは熱々で

「ふわ……私、寝てしまったのね……」  小花が薄眼を開けるとそこには広い背中があった。 「ハーイ! 小花」 「ミスターバーマン?」  かまどの火を絶やさぬように嬉しそうに薪をくべていたバーマンは、子供達は大人達に無理やり自然体験をさせられていると説明した。 「まあ、そうですか。私は手御洗いに行きますね」  日が西に傾き始めた森のトイレから戻って来た小花は、音楽が聞えてきたのでそっちの方に顔を出した。 「あ、千葉さん」 「うわ! びっくりした?? なんだ、小花さんですか」   一人で小型のCDラジカセを聞いていた千葉は、音楽のボリュームを小さくした。 「ここで何をされていんですか?」 「ハハハ! 実は、秘密特訓していたんです」  千葉の話によると、今夜のフォークダンスの練習をしていたと白状した。 「しかしですな。何十年ぶりなので、よく分からんです」 「どの曲ですか? オクラホマミキサか」 「小花さんはこれを御存じなんですか!!」 「声が大きいですわ! 女子高時代に少々です。いざ? 参りましょう」 「私とダンスをして下さるのですか?ぜひ、お願います!」  真剣な千葉のために小花は千葉にダンスを教えてあげることにしたが、手を握るのは嫌だったので、ステップのみの指導になっていた。 「……右、右、左、左、ゆっくり歩いて……私をくるっと回して、はい。交代!」  手を繋いでいる振りで踊った二人は、結構それなりに決まっていた。 「おお! これぞ! オクラホマミキサです!」  昔を思い出した千葉は嬉しくてガッツポーズをした。 「踊れば思い出すんですね。曲はこれだけですか?」 「いいえ。タイトルはわからんのですが、テトリスの曲があるのです」 「それはロシア民謡の『コロブチカ』というダンスですよ。結構ハードですわ」  そう言って彼女は千葉の対面に向かった。 「いいですか、まずはサイドステップで四歩いって、帰って来ますよ」 「反復横とびみたいなもんかな。じゃ、音楽をかけます」  ……ジャ、ジャーン♪。 「はい!1234!1234!1234、右足を、右、左、真ん中!」  小花のリードで身体が勝手に反応した千葉は、このハードな動きに心と体がバラバラになりそうになった。 「ひええ!」 「……そしてくるっと回って、手をパン! 手をパン、そして、行って返って、くるりんぱ!」 「うえええ」  彼女に強引に踊らされた千葉は、これだけでへとへとになり膝に手を付いていた。 「テトリスは……厳しいですわ。思えば自分はゲームも最後までクリアできていませんし。やはりこのスピードは私には無謀だ……」 「確かに。それにこれは場所も取りますもの。キャンプフャイヤ―を囲んでやるのは危険かもしれませんね」 「そうなると、やはり。マイムマイムになりますな」 「マイムマイムですか……あれは、ちょっと」 「そうですか? ほら、手を繋いで中心に集まる時があるじゃないですか?あの時に火に近付くから子供達は喜ぶかと」 「……もう中学生ですよ。それにずっと同じメンバーと手をつなぐから、嫌な人だと辛いです」 「そうか。ではオクラホマですな。よし!」  そんな中学生の気持ちを代弁した小花は、里美中のテントへ戻って行った。 「あ。どこにいたんですか!心配したんですよ」  そういって伊吹は小花の手を握った。 「伊吹君ごめんなさい。千葉会長のお手伝いをしていたの」 「そんなの無視していいんです! だって今日の小花さんは僕のお姉さんなんですよ」 「ごめんね。そうだったわね、私はお姉さんだったわ」 「そうですよ!僕の事だけ考えてください」 「うん!」 「そこ! 違うから! しっかりしようねー」  ご機嫌な伊吹に呆れた陽子は、夜のイベントに備えて用意をする事にした。 そんな時、里美中のテントの傍にバトミントンのシャトルが飛んで来た。 「すみませーん。あ。よかったら一緒にやりませんか?」  相手の男子は里美中のライバル中学校だった。 「どうする。伊吹君」 「断ろう」 「……せっかくですけど、私達はいいです」 「そうなんだ。君、バーマンさんだろう?運動神経いいって聞いていたんだけど、そんなもんか」  真っ黒に日焼けした少年は父親がPTA会長をしているせいで、こんなイベントに駆り出されてむかむかしてたのに、伊吹達の里美中が楽しそうにしているので勝手に一人で頭に来ていたのだった。 「別にバトミントンを断っただけでそこまで言われる筋合いじゃないと思うけ ど」 「まあ、いいさ。やりたくないのならそれで」 「お待ちください。あなた、洋子ちゃんとバトミントンがしたいのよね。だったらお相手して差し上げたら?」  この緊迫したムードを全然わかっていない彼女は嬉しそうに二人の顔を見合わせた。 「楽しそうじゃないですか。ね! 向うでやりましょう! 早く早く! 私もそばで観たい」 「あ、ああ」 「じゃ、伊吹君、行って来る」 「僕も行くよ」  こうして小花と伊吹は洋子のバトミントンを見ることになった。 「行きますよ……ハ!」  パ―ン、パ―ンと長いラリーがただ続いていた。 「これはあれですか、落とした方が負けなの?」 「外でやっているから風もあるし、線もありませんものね」  しかし、この辺から彼は本気のスマッシュを打って来た。 「くそお」 「ハッハハ」  しかし。運動神経抜群の洋子も負けておらず、彼の身体を狙ってショットを打って来た。 「う!痛て」 「あら? ごめんなさい。それくらい避けられると思ったわ」  大した事ないのに腕を押さえた彼の元に、小花は大丈夫?と駆け寄った。 「まあ、赤くなっているわ……湿布を貼りますか?」 「いや。これは虫に刺された跡で」 「それは大変よ! 私、いい薬があるんです。お待ちになってね」  小花はウエストポーチから虫さされ用のシールを取り出した。 「これを上からペタッと貼ると治りが早いのよ。かゆいのかゆいの飛んで行け……。はい!どう?」 「あ、ありがとうございます」  綺麗なお姉さんに手当てをしてもらった少年はちょっとドキドキしてラケットを持った。 「さ、再開よ! 洋子ちゃんのサーブからよ!」 「はいはい。行きますよ」  こうしてバトミントンは和やかムードになっていった。 「えい!」 「おっと!」  難しいショットを返して行く二人にいつしか観客が増えて来た。しかし。夕暮でシャトルが見えなくなってきたし、風呂の時間なのでみんな自分のテントの所に帰って行った。 「そろそろ、か……ええと、このラケット返すね」 「ああ。お前って、どこの高校受けんの?」 「私に聞いているの? 一応、大谷高校」 「俺もスポーツ推薦狙っているんだ。そうか、だからお前、その人と色んな大会に出ているのか」  そういって彼は小花をじっと見た。 「あの。あなたは、洞爺湖マラソンで優勝した人ですよね。あの大会、俺も出ていたんです」 「そうですか。あの日は暑かったですね。でも綺麗なコースでしたわね、洋子ちゃん」 「さすが優勝した人はのんきだよ……。で、それが何?」  すると彼はぼつぼつと話しだした。 「俺さ……勉強が苦手でさ。スポーツだけ頑張って高校に行きたいって親に言ったら、『今から諦めてどうすんだって』すんげえ怒られたんだ。だからバーマンみたいに理解のある大人がいる人って羨ましいなって……」  しーんとした中、伊吹は何か言いたかったが、彼の親と同意見だったので、何も言えなかった。だが小花は口を開いた。 「ご両親の話は当然ですわ。だってまだ可能性があるんですもの。スポーツに向ける力を勉強に向ければいいのです」  そういって彼女は風になびいた髪を抑えていた。 「私の知り合いは、赤点を取ったせいで甲子園に出場できなくなる所でした。本人は先生の脅しだろうと思っていたんですが、本当に一人だけ飛行機に乗れず開会式も不参加だったんですよ」 「それってまさか……北海学院のピッチャーの?」 「し! 個人情報です! そんな彼は一夜漬けで勉強し、再テストを受けて甲子園に行ったんです。だから勉強をおろそかにすると、スポーツも出来ないのよ」 「……はあ。やはりそうか」  するとここで伊吹が彼の肩に手を置いた。 「まだ夏休みだろう。これから塾に通う人もいるんだからさ。諦めるは早いよ」 「そうだよ。確かに私もスポーツに力を入れているけどさ。サッカーの審判員の資格を取りたいなって勉強しているんだよ?」 「凄いですわ! 洋子ちゃん!」  そういって小花は洋子を抱きしめた。 「苦しいよ、小花さん!アハハ」  こんな仲良し女子を、少年と伊吹は見つめていた。 「なあ。あの人はお前のお姉さんなんだろう? いいな、あんなお姉さん俺も欲しいよ」 「……そうなんだ。とってもいいお姉さんで、僕は大好きなんだ」  こんな友情物語を作った夕暮のバトミントンを終えた彼らは、風呂に向かった。小花は松田と交代するので、一緒に風呂を遠慮したバーマンパパと火の当番をしていた。  そして伊吹と洋子が風呂から出て来た頃、仕事を終えた松田が彼とやって来た。 「どうもです……すみません。いつも参加できなくて」 「ナイスミーチュウ!」  洋子が夏山に社会体験で来た際の打ちあげであったことのあるバーマンは、松田に笑顔を見せた。 「ミスターバーマン。どうぞ」 「oh!ミスター姫野」  小花を迎えにきた姫野はバーマンにミネラルウオーターのペットボトルを差し出した。 「中身は、ワインですから」 「サンキュウ!ハッハハ!」  中学生の手前、見かけを水に仕立てるという夏山愛生堂のトップセールマンの気配りにさすがに伊吹も感心していた。 「さて、鈴子。帰るぞ」 「分かっていますが、バーベキューが……焦げますの」  すると洋子が、材料がたくさんあるので、姫野と小花にも食べて欲しいと話した。 「確かに尋常ではない肉の量だ。すこし協力していくか」  そんなわけでバーベキューを食べていた姫野はバーマンと仕事の話で盛り上がり楽しく話しを弾ませていた。 「ねえ。姫野さん。そろそろ帰りましょう」 「ん? 分かった! ではミスターバーマン」 「シーユー姫野!」 「みなさん。楽しんでくださいね」  こうして二人は賑やかなキャンプ場を後にして駐車場へと歩いていた。 「真っ暗ね、おっと、石でしたわ」 「俺に掴まれ。しかし、お腹がいっぱいだ」  腕を組みながら歩く二人は森から静かな夜空を見上げた。 「星がきれいですね。夏の大三角だわ」 「星を言ってみろ」 「ええと、デネブ。アルタイル……デネブ」 「デネブが二回登場したぞ」 「待って。デネブ、アルタイル、ベガ?」 「よくできました!」  フフフと彼女は嬉しそうに鼻歌を歌った時、背後からオクラホマミキサが聞えて来た。 「始まったわ。ほら、聞えるでしょう?」 「フォークダンスか。俺は踊ったこと無いぞ」 「まあ。では鈴子が教えてあげますわ」  そういって彼女は姫野の手を掴んだ。 「それ!右、右、左、左……」 「おっと!ハハハ」  誰もいない森の小道を二人は踊りながら駐車場へ向かっていた。 「はあ、疲れました。ねえ、姫野さんは、去年の今頃はどんな風に過ごしていたんですか」 「去年か……」  本当は前の彼女と交際していた時期なので、彼は何と言おうかと言葉に迷っていた。 「鈴子はね。仕事では失敗ばかりで……勉強も全然分からないし。猪熊さんにママさんバレーに入らせられて本当に辛い時だったの」 「鈴子……」 「だからあの星をみると、あの時の辛い気持ちを思い出していたんですけど……今は違うの。姫野さんの事を思い出すのよ。星の名前をおそわったせいかしら……」 「それは俺の事が好きだからそうなるんだ」 「じゃ、姫野さんは?鈴子の事を思い出すんですか?」  すると彼は彼女をぎゅと抱きしめた。 「思い出さないよ」 「ひどいわ」 「だって。忘れないから。俺はずーっとお前の事ばかり考えているんだよ」  そういって姫野は彼女の頬にキスをした。  「……そういう事なら、わかりましたわ」  彼はハハハと笑うと彼女の眼をじっと見た。 「夏山の天使。世界の清掃員、小花すずよ」 「恥ずかしい」 「私に褒美をください?」  そんな姫野の頬に彼女はそっとキスをした。 「姫野さん……大好きよ」 「ああ、俺はもっと好きだ」  滝野公園のキャンプファイヤーの炎がメラメラと燃えている頃、夏の恋人達は外灯が照らす森の小道を虫の音に優しく送られながら、ゆっくりと手を繋いで歩いて行ったのだった。 完
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