182 夏の台風

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182 夏の台風

<ぞうきんガール 「150 夏の嵐」をご覧ください> 「またですか?関係者以外ここは立ち入り禁止なのに」 「だって。そうでもいなと、姫野君に逢えないじゃないの」 慶王大学の一室で、そう萩原に言った白鳥可憐は、そばにあった椅子に座った。 「でも白鳥さん。奴らは今日も来ませんよ……」 「じゃあ、いつなら来るのよ?」 妹の凛香はそういって萩原に詰め寄った。 「ツインズはめったに来ません!忙しんですよ」 「バイトなの?じゃあ、バイト先を教えてよ」 姉の可憐はそういってスマホを取りだした。 「バイトじゃありませんよ。それに教えるわけないじゃないですか……」 毎日のようにやってくる白鳥姉妹に萩原はすっかり参っていた。 「そんなに嫌なら教えてくれてもいいじゃないの」 「そんな事をしたら、ツインズになんて言われるか」 サークル活動関係の事で手一杯だった萩原は、これに疲れて椅子に座った。 「悪いけど。逢わせてくれるまで私達毎日来るわよ」 「ツインズに何の用があるんですか?」 「……別に。ちょっとこの前の御礼をしたいだけよ……ねえ、姉さん」 「そ、そうよ。悪いかしら」 「そうですか?じゃあ俺の方から伝言して置きますよ。じゃ、そういうことで」 「待ちなさいよ!?逢って、逢って直接言いたいのよ」 恥ずかしそうにしている可憐に、萩原は肩を落とした。 「……あのですね。この前説明したと思いますが」 彼は姫野兄弟の理想の女性について話し出した。 「いいですか。明るくて健気で謙虚で」 「何度も言わないで!天使のような女の子でしょ?……分かっているわ。それくらい」 「萩原君。私達は何ていうか、その。とにかくお友達になりたいのよ」 「友達もキツイかと思いますが……あ、待って下さい。もしもし、大地か」 彼の電話の相手は姫野大地のようだったので、白鳥姉妹はドキドキしていた。 「あのな、大地。あの白鳥姉妹がお前達に逢いたいって、毎日のようにここに来てるんで俺も困っているんだよ。そんな事言わないでさ……ほら、白鳥さん」 電話を受け取った可憐は、声をちょっと作って電話に出た。 「あの、白鳥可憐です。姫野君ですか?」 『そうだけど、何?』 「あのね。この前はありがとうございました。私達、逢って御礼を言いたいの」 『ありがとう。この電話で十分気持ちは伝わったよ。だからもう慶王に来ないでね』 そう優しく話した大地は会話を切ってしまった。 「姉さん。姫野君はなんだって?」 「もう来ないでって……そんな、ひどいわ?」 「姫野はそういう冷たくて残酷な男なんですよ。だからもう諦めてください。さあ、帰って!」 こうして萩原に追い出された白鳥姉妹はショボンとしながら慶王のキャンパスを歩いていた。 「どうする?お姉ちゃん?」 「待って。ね。すみません。ちょっと教えてほしいんですけど」 可憐はベンチに座っている男子学生に姫野について訊ねてみた。 「姫野って双子の人かな。確か、ゲーマーでしょう」 「ゲーマー?」 「女の子は知らないか?あのさ……こういうゲームが合ってね」 美人の姉妹を前に、親切な学生は彼らがゲームの世界では有名人だと教えてくれた。 「地球防衛隊……これはゲームセンターでやるんですか?」 「オンラインゲームだよ。あのさ、今度ゲームのイベントがあるからさ。その時、このネットで君達も彼らのプレイが観れるよ。じゃあ、自分はこれで」 「ど、どうも」 彼の説明通りにネット検索した凛香は、彼らのもう一つの顔を知った。 「お姉ちゃん。このゲームのイベントは今週末、奈良であるっちゃん……」 「……そげんやったら、行くしかなか?」 白鳥姉妹はこの足で旅行会社に向い、ホテルと新幹線を手配をした。 そして姉妹達は姫野双子に会うため当日の午後、奈良にやってきた。 「ここばい、会場は」 「混んどうね……。姫野君は見つからんね」 「ここで合ってるはずやけど、どこやろか……あ、あれって」 可憐の目線の先には、なぜか慶王の萩原がいた。 「あの!萩原君」 「白鳥さん?ここまで追いかけてきたのかい」 「はあ、はあ。だってこうでもしないと逢えないんだもの」 姫野ツインズに逢いたい姉妹は、可愛い服を着飾ってきた。 「……呆れた。まあ、でもまだ時間前だからさ、挨拶するだけならいいんじゃないの」 そういって黒いジャージ姿の萩原は二人を連れて会場を案内し始めた。 「しかし、凄い人だね」 「萩原君。これって『eスポーツ』を観に来た人の為に、ゲームを宣伝するイベントなんでしょう」 「そんな感じだね」 eスポーツとは正式にはエレクトロニックスポーツと言う。野球やサッカーなどのスポーツゲームをオンラインゲームで対戦し、観客は実際のスポーツのように観戦するものだった。 「今回はここ奈良で国体が行われているだろう?近年は部活動に参加する若者が減っているし、国体の参加者を増やすためにこのeスポーツも、一つの競技として開催されることになったんだ。姫野達は「eスポーツ」じゃないけれど、ゲーム会社に頼まれて、夜ここで違うゲームの対戦をするんだ」 「へえ……姫野君てすごいんだね」 「荻原君も参加するの」 「ああ。頼まれて仕方なくね、あ、ここだよ、挨拶だけしたら帰ってね」 萩原が開けたドアの向こうには姉妹がずっと逢いたかった姫野ツインズがお菓子を食べていた。 「ん?誰」 「……白鳥です。あの、大学のお祭りのテントでお世話になりました」 「そんなこと合ったかな……」 「空、あれ、テントがぶっ飛んだ奴だよ」 「……?ああ、あの時の……そうですか」 そして二人はまたお菓子を食べ始めた。白鳥姉妹は思わず荻原を見た。 「ね。白鳥さん。薄情でしょう?奴らはこういう男なんですよ」 「せっかく応援に来たのに……お姉ちゃんどうしたの」 「え?べ、別に」 姫野ツインズにずっと逢いたかった可憐は、彼らの前で動けなくなっていた。 「あの、空さん。この前は本当にありがとうございました」 「俺、大地だけど。うん、ご丁寧にありがと」 「ごめんなさい?あの、空さん。私、あの時の賠償金で助かったの」 「そう。良かったね」 「……そんなに私達の事、迷惑ですか」 あまりにも冷たい態度の姫野ツインズに、可憐の目には涙が浮かんで来た。 九州の土建屋の長女は、特別扱いを受けて育ったので、男性にこんな屈辱を受けたのは初めてだった。 「そんなつもりはないよ。俺達はいつでもこんな感じ、な、荻原」 「……白鳥さん。姫野ツインズって、悪気はないんですけど。必要のない事は一切やらないとうか、飾らないというか。誰にでもこんなんです」 すると妹は姉の腕をぐっと掴んだ。 「お姉ちゃん!気にせんと、これから頑張るばい」 「凛香。そうやね。がっつきすぎても嫌われるけんね……」 「あーあ。暇だな、俺イベントをのぞいてくる」 そういって立ち上がった大地に、凛香はぱっと駆け寄った。 「大地君。私も一緒に行ってもよか?」 「……付いてくるんならいいけど」 「うん!行くっちゃ!」 「俺は大会関係者の人に聞きたい事があるんで行ってくる。空はここで貴重品を見ていてくれよ」 こうしてあんまり気にしてない大地は、彼女を引き連れて部屋を出て行き萩原も出て行った。 「あの……何か飲みますか?これ?」 残った可憐は何か女の子らしい事をしようかな、と思って空に冷たい麦茶を出そうとペットボトルを手に取った。 「開かん……うう……あっ?」 渾身の力を込めてひねったために、開いた口から麦茶がばーーとこぼれてしまった。 「きゃあ?ごめんなさい?!ああ、被ったと?どうないしよ?」 頭から麦茶を被った空は、黙って彼女を見ていた。 「うわ……何か拭く物……これは、雑巾?ごめんなさい!ああ……」 「もういいよ」 そう言って立ちあがった空は、バックからタオルを出して自分の顔を拭き拭きしていた。 「ごめんなさい……私、掛けるつもりは無くて」 「もう良いって言ってるでしょう。別に気にしてないよ」 本当に気にしてない空は、ケロリとした顔で椅子に座った。 「……わざとじゃないし。お茶だし。それよりもこぼれてないなら、それ取って」 「は、はい!どうぞ」 彼に渡した彼女は床にこぼれた麦茶を部屋にあった雑巾で拭きだした。 「ブツブツ……あそこで、アレを出して……」 ゲームのシミュレーションをしている空の邪魔をしないように、可憐はそっと掃除をし、空になっても握っていた空のペットボトルをそっと手から抜いた。 それを気が付いていない空の集中力にビビりながら可憐はじっと彼の横顔をみていた。 細かい事は気にしない柔らかさと、肝心なところは抑える的な男らしさを持つ空に、可憐はすっかり心を持って行かれてしまっていた。 ……カッコよか。 ぽおとしていた可憐と空がいる控え室に、大地と凛香が戻ってきた。 「さすがに人がたくさん集まってきたよ。ところで美雪って、連絡来た?」 「おっと。考え事していて忘れてた……」 「いいさ。俺がやるよ」 ツインズが何やら本格始動してきたので、白鳥姉妹は部屋の隅っこに椅子を持ってきて座った。 「どうやった?話はできた?」 「まあね。お姉ちゃんは」 「す、少しだけ」 ともかくここから追い出されないように、姉妹は邪魔をせずじっと座っていようと言う事にした。 「おかしいな……繋がらない。美雪に連絡しよ……もしもし、何しているんだよ?え、さっきからエラーになるって、何それ?」 「貸せ!美雪!どうしたんだ」 電話の妹はさっきからオンラインゲームに入ろうとしているが、どうしてもエラーになって出来ないと説明した。 『家のパソコンがダメなのかも。これから友達の家に行ってそこでやらせてもらうから、じゃ!』 そういって妹は電話を切ってしまった。 「結構時間がギリギリだぞ……兄貴がいないのに」 「空、落ち着け。大丈夫だよ」 そこへ、荻原が苦しそうな顔で戻ってきた。 「なした?あ。その手」 「すまない……そこで人にぶつかってさ、手を思いっきり踏まれた……」 「きゃ!血がでているじゃない?」 荻原に駆け寄った凛香は、彼の手を見て眉間にしわを寄せた。 「美雪も来ない、荻原もダメ……これはもうダメだろう」 「そんな。空君」 そんなシーンとした深刻ムードの中、誰からノックして入ってきた。 「こんばんはーって、どうなさったの」 やってきた美少女は、長身のボディガードのような男を引き連れ部屋に入ってきた。 そんな彼女を見たツインズは、急に表情を変えた。 やがて彼女の供の男性が代わりに出場する事になり、可憐は小花と一緒に美雪が来るまで待機となった。 「あの、申し遅れました。私は小花すずと申します」 「私は白鳥可憐。ね、姫野君達とどういう関係なの」 「どうって……あ、始まりましたわ。応援しないと」 「マジで?ええと……どっちが空さんなの」 控室のスクリーンでゲームで対戦している様子を見ながら小花は説明をした。 「それは人間ですか?ゲームの中?」 「人間!どっちがどうなの」 「右にいて澄まし顔が空さんです、左の眠そうな顔が大地さん」 「どっちも同じばい?で、ゲームのキャラは」 「ええと、あの、こっちのあそこが」 「……何を言っているのかさっぱり分からんばい!ああ、せからしか?」 「あの、可憐さん。興奮しないで。あの空を飛ぶのが空さんよ。で、下にいるのが大地さん」 「なるほど」 「ご主人さんは、あれか……。御上手ですね」 「それにしても、まだ妹さんが来ないの」 「そのようですね……あ!危ない」 「痛い?私の腕を掴まないでよ」 「ごめんなさい。つい興奮して」 こんな感じで応援していた小花と可憐はゲーム終了後はすっかり疲れ切っていた。 そして帰り際、姫野ツインズは小花との別れを名残惜しそうにしているのを、白鳥姉妹は複雑な思いで見ていた。 「じゃあね、すずちゃん……ああ、行っちゃったな」 「またすぐ会えるさ。俺達も撤収か。あ。まだいたの?」 ようやく姫野ツインズに存在に気が付いてもらえた可憐と凛香は嬉しくてビクとした。 「会場は混んでいるから気を付けて帰ってね」 「今日はありがとう。さようなら」 「あの……御夕飯をご一緒に」 凛香の言葉に彼らは首を横に振った。 「……俺達は今、これに夢中だからさ、女の子に構っていられないんだよ」 「ごめんね。本当に」 真剣な彼らの顔に、可憐は目を伏せた。 「行くばい、凛香」 「え?でも」 「いいの。帰ろう……」 そういって姉妹は部屋を後にした。 「お姉ちゃん……本当にいいの」 「凛香さ、どっちが空さんで大地さんか、わかった?」 「話をすればなんとなく。でも黙って一人で立っていたらわからんばい」 「ばってん……小花さんはわかっとるんよ。私達はまだ、好きになる資格がないっちゃ」 「お姉ちゃん……泣かんどいて」 「お前もな。ううう……」 こうして白鳥姉妹はホテルへ戻り、やけ食いをして夜を締めた。 ◇◇◇ そして数日後。 慶王大学のサークル室では、手に包帯を巻いた荻原が空に指示していた。 「その資料作成が終わったら、今度は……大地、会計の方は?」 「……今、済んだよ。もうこれで仕事は終わりかな」 彼らのせいではないが、手にケガを負った荻原の代わりに、姫野双子は珍しく大学に来て作業を手伝っていた。 「あとさ。やっぱりいいのかい。白鳥さん達にあんな態度で」 「……いいんだよ。なあ、大地」 「ああ。俺達やりたい事が一杯あるからさ、寂しい想いをさせるし」 「お前達。もしかしてわざと冷たくしてたのかよ……」 萩原の声に双子は微笑んだ。 「さあな?ハハハ」 「しかし、元気な女の子だったな」 その時、ふと荻原がメールをチェックした手を止めた。 「おい。見ろよ……白鳥さんからメールだ」 「何だって。『慶王大学三田会の姫野空様、姫野大地様へ。今度開催される大 学研究会発表の件で集まりがあるので……』ってまた何かするの?」 「そうみたいだね。どうする?俺が行くか?」 「……仕方ないな。俺達のどっちが行くよ。いいだろう、空」 「そだな、じゃんけんか?じゃんけん」 ポン、あいこでしょ、と勝負をしていたがなかなか決着が付かなかった。 「フフフ。お前らいつまでやってるんだよ……?いいや、『姫野一名参加します』っと。これで」 萩原はそういってメールを送信した。夏の東京は猛暑の予定だった。 そんなギラギラした日差しに負けないくらい、彼の背後の双子は熱い熱い男達だった。 完 *参考文献 「まんがと声で楽しむ福岡弁」㈱マイクロマガジン社
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