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190 もえろ、白石 3
「いいか!前半、ホクレンはロングシュートを外しているから、後半は中を攻めてくる。それに俺達は交代選手がいないからファアルができない事を見込んで、ラフプレイも辞さないだろう」
「その辺は大丈夫」
「了解だぜ」
姫野の声に、夏代と生子は頼もしく汗を拭いていた。
「山形も。第4クォーターまでセーブしろ」
「あいよ」
「堂本は3しかないと思われてるから、たまには違う事をしろ」
「アハハハ。姫野って面白いね」
「問題は鈴子だ。大丈夫か」
「うん。体力は平気よ」
真夏の体育館の試合なのに、暑さに強い彼女は一人涼しげだった。そんな彼女はドリンクを取ろうと立ち上がった。
「はい、小花さん、これ、ドリンク」
「……ありがとうございます。ねえ、お兄さま」
試合に集中している彼女は、無意識に慎也をお兄さまと呼んでしまった。けれど彼女のこの勘違いが慎也は三度の飯より好きだったので、その理由を考えず、ただ次の言葉を待った。
「なんだい。小花さん」
「……勝ちたいわ。この試合。負けたくないの」
そういってリングをじっとみている彼女の後姿が、彼には見覚えが合った。
……この雰囲気、どこかで見たような。
「仲間が来るまで私……耐えて見せますわ。応援よろしくおねがいします」
「あ、ああ」
そういってドリンクを受け取った慎也は、まだ彼女を見ていた。
……誰かに似ているんだけど、誰かな……。
これは二人の母、真子の面影であったが、慎也はこのまま思い出せないまま、第3クォーターが始まった。
姫野の推測通り、後半戦はホクレンがドリブルでガンガン中に入り込み攻めてきた。
『ホクレンの6番がドリブルで中に切りこんで行った?』
『ファウルですね』
ピ!と笛を鳴らした審判は、スコア席にこれを伝えた。
『おっと?白の6番のファウルですか?これは』
『オフェンスファウルです』
会場からはわっと歓声が上がった。攻撃してきたホクレン6番に無抵抗で倒された夏代は、やけに痛そうな顔で立ち上がった。
「……これはなんなんだ?」
「社長。ここはホクレンの応援団ばっかりですけど、観客は少ない人数で頑張っているうちのチームを応援してくれているだべさ」
「うるさい!そんな事はどうでもいい!試合に集中しろ」
三上と社長を叱りつけた姫野に慎也はイラっとした。
「姫野。お前、試合終わったら本気で車取り上げるから!姫野以外、みんな頑張れ!」
その頃。
コートでは作戦を交わしていた。
「ナイス!夏代」
「オッケー。これで向うは今度はビビって入って来ないよ。ジョー。外のシュートがあるからリバウンドね!」
「はい!」
そして今度は夏山の攻撃になった。
『ああっとここで?ホクレンは夏山の13番を完全にフリーにしましたね』
『13番はリバウンドしかしませんからね。シュートはないと判断したんですね』
ホクレンは攻撃に参加しない小花を捨て、ボールを運ぶ夏代にダブルガードしてきた。
『さあ、夏山はどうする』
『抜きに行きましたよ』
強気の夏代はディフェンスの間からドリブルで突破を仕掛けた。
しかし、完全に抜き切れずにいた時、急に前に邪魔ものが居なくなった。
『夏山13番のスクリーンプレイで、フリーになった6番は誰を使うか……センターにボールを入れた?……綺麗に決まったフックシュート!』
小花のスクリーンプレイで夏代は一点入れた。
「ナイス!ジョー」
「次はディフェンスですわ!」
今度は守る夏山だったが、ホクレンのガードの緩めのドリブルを生子がカットした。
このままドリブルで速攻を仕掛けた生子を、ボールを取られた選手は挽回しようと無理やり前に入った。これを見越していた生子はシュートを放った。
『これはファアルで笛が鳴りましたが……点は入った!インです!』
『シュートファアルなのでフリースローがあります。これを、決めれば3点プレイですね』
『ああ?ここで交代です。ホクレンの選手は4回目のファウルなのでベンチに下げますね』
「ナイス、生子!」
「おう!リバウンドよろしく」
そういっても、綺麗におさめた生子の得点で、この第3クォーターは7点リードで終わった。
「いいか。焦るなよ。第4クォーターの最後の2分が勝負だ」
「随分、姫野ってバスケに詳しいね」
「うるさい!言いから聞け。とにかく時間をかけろ。あ。大丈夫か、斎藤」
風間につかまってやってきた愛子は風間に足にテーピングを巻いてもらったが非常に痛そうだった。
「みんな、ごめんね」
「いいんだよ。そこで見てな。いくよ、ジョー!」
「はい」
勇ましい仲間に嬉しいような、寂しいような気持で愛子は姫野の隣に座った。
姫野と同期で入社した愛子は、彼にほのかな恋心を頂いていた。しかし、叶うはずの無いものと胸に鎮め別の男性と結婚したが、これはすぐに破局してしまった。
……小花ちゃんに夢中なんだね。
あの仕事人間姫野がおかしくなるほど可愛がっているという評判の清掃員は、確かに可愛くてガンバリ屋で、自分にはないキラキラしている物をいっぱい持っている女の子だった。
……私なんか、その辺の石ころだよ。
「おい、斎藤アレをなんとかしろ」
「はい?」
突然話しかけてきた姫野に愛子はドキドキした。
「ホクレンのセンターのプレイだ。さっきから良いようにやられている」
「なんだって?おい!パスを簡単に入れさせるな!ジョーはセンターをゴール下から追い出せ!」
そんな事言ったって、やったことにない小花の前からホクレンは悠々とシュートを決め出した。
「くそ……逆転された」
「姫野。タイムを」
1点差で負けている状況。こうして夏山はタイムを取り、残り1分間の打ち合わせをした。
「まず堂本のスリーを入れて2点差をつけよう。あとこっちはファアルができないから、無理して攻めないよ」
「「「「はい」」」
「ジョーは全然ファウルをしてないから。リバウンドに入っていいよ」
「はい!あの、みなさん。また円陣組みましょう」
笛がピ!となったが、夏山は慎也も入れて円陣を組んだ。
「いくぜ。夏山愛生堂には?」
愛がある!と声を出した一同は、コートへ向かった。
そしてゲームが再開された。ボールはエンドラインから夏山ボールだった。
『おおと?ここで、ホクレンはプレスできました』
『勝負にでましたね』
ボールを出そうとした夏代の前に、大きな選手が二人もいて、なかなかパスを出せずにいた。
4、3、2……。
5秒以内にパスを出さないといけないので、審判は笛を鳴らそうとした瞬間、夏代は相手の足に、ボールをぶつけた。
……ピ!夏山ボール!
この審判のコールに会場は沸いた。
「何が合ったんだべさ?」
「審判はキックボールを取ったんだ。これでボールが外に出たから横のラインからの球だしになるぞ」
こうして少し動きが楽になった夏代は、山形にパスを入れた。
そして山形は誰もいないゴール下にロングパスをぶん投げた。
『このボールを掴んだのは夏山13番。彼女はこれをシュート……あ』
……ピピ!白の番、ハンド!シュートファウル。フリースロー!
会場がわっと湧いたが、小花だけは何が起こったのか分からなかった。
「これはなんだ?」
「社長。これは……ファアルゲームですよ」
時計は残り30秒。ホクレンはわざとシュートが下手そうな小花にフリースローを与えたと姫野は話した。
「多分、入りません。ホクレンはこれのリバウンドを取り、残りの時間を自分達の攻撃に使いたいのです」
「くそ」
悔しそうに見つめる中、小花の一本目のシュートは入らなかった。
そして2本目はころりと落ちてきた。
これを山形が本日一番のジャンプでもぎ取り、シュートを決めた。
「ヤッタ――!逆転だ!」
夏山1点差で勝つ中、ホクレンボールで時計は20秒を過ぎた。
ホクレンは次の一本で、できれば3点シュートを入れたいので、ラストワンプレイに時間と勝負をかけてパスを回していた。
残り10秒。
その時、ボール泥棒夏代が、これをカットした。
『夏山の速攻!あっとここでまたファアルです』
……ピ!白9番、プッッシング!
わと歓声が上がったが、またもや小花のフリースローだった。
「時間は?ええ?7秒」
「もうタイムはないのか?くそ」
髪をかきむしり姫野の肩を慎也は揺さぶった。
「どうなんだよ!姫野、何がどうなのか教えろよ!」
「鈴子がフリーフローを決めれば勝ちですが。入りませんので、あいつは味方にコロリと落とさないといけません」
今度はチームファウルなので、小花のショットは1回だけ。入って、このまま7秒過ぎれば勝ち。
入ってもホクレンの攻撃からなので、ホクレンが一本決めたら逆転負け。
落として夏山が拾って、シュートを決めれば絶対勝ち。
落として夏山が拾って、そのまま保持して7秒過ぎれば勝ち。
落としてホクレンが拾えば、逆転も可能な7秒だった。
この時、夏代はそっと小花に耳打ちした。
「……はい。わかりましたわ」
ピ!という笛の音に静まった会場。全ての人が見守る中、彼女はシュートを放った。
……ゴ――ン!
強く放ったボールは小花に戻ってきた。
「リバウンドぉ!」
リングに当たった瞬間から時計は動きだしていた。
6、5、4……
ボールを奪おうとつわもの達は渾身の力で可能な限りジャンプをしたが、元気一番の彼女は一番にこれに触った。
『これは?13番のタップシュート?』
小花の両手のショットは綺麗な弧を描いてリングへ向かった……。
3、2、……ピ―ー――ーー……
『……決まりましたね』
……ピ―――ーー!イン!!
わっという歓声の中心の小花は何が起こったのか分かっていなかった。
「ブザービータ……持ってるなジョーは……」
「ジョー!良くやった」
「お前最高!」
「決めたな、おい?」
山形と夏代と生子と堂本にもみくちゃにされた小花だったが、センターラインに並んだ。
『勝者!夏山愛生堂、礼!』
ありがとうございましたぁ!と叫びながら、夏山選手はベンチに駆けこんだ。
「ヤッター!マジで最高」
「社長!見てたか。おい!」
「う、ううう、小花さん、ううう」
「何が何だか……とにかく勝ったべさ」
感動と興奮の中、小花は真っすぐに愛子に向かった。
「愛子さん。足はどうですか」
「ジョー……お前って本当に……」
「何を泣いているんですか?私まで、うううう」
「何だよ?あのシュートは。上手過ぎじゃねえか」
「ひっく。あれはバレーのトスなんです……あれなら入るかなって思って。でも良かった。勝てて。愛子さんの作戦のおかげです」
感動の女子の間に、姫野は入ってきた。
「次の試合の人がくるからベンチを空けるぞ。鈴子は斎藤を連れて行け」
淡々と話す姫野に愛子は寂しさを抱えつつ、小花と控室に戻った。
そして控え室で慎也に褒められた選手達は着替えて明日の為に早めに解散した。
「明日は他の選手も来れるんですよね。私も応援に来ますが」
「ああ。私もなんとか出るよ。今日は本当にありがとうね、それと、えっと姫野」
「なんだ。斎藤」
小花は他の選手と話しているので、愛子は姫野と一瞬だけ二人きりになった。
「大事な彼女をいじめて悪かったよ。あんまり可愛いからつい」
「……もうしないでくれ」
「当たり前だ?それに、今日はありがとうな」
「ああ。お前も無理するなよ。俺は鈴子を連れて帰るから。おい、帰るぞ」
広い背の彼を愛子はじっと見ていた。
「なした愛子」
「山ちゃん。なんでもないさ。帰ろう」
勝利と引き換えに片思いに決着を付けた愛子は痛い足を引きずって、仲間達と帰って行った。
「先輩!こっちです」
「鈴子。ここだ」
「風間さんすみません。あの、社長は?」
後部座席に座った彼女の問いに、風間は慎也が先に帰ったと告げた。
「俺も後ろに乗る。いいから出せ」
「横暴とはこの事ですよ?じゃ、帰ります……」
昼下り。風間の運転するプロボックスは、国道12号線を札幌方面へ目指していた。
「見て!あれが『アサヒビール園』よ」
「ああ」
「見て!あれが地下鉄白石駅で、右手が『きのとや』なの」
「はいはい。少し落ち着け!どうしたんだ」
「だって。あんまりこちらに来ること無いから、つい」
「小花ちゃんちはこっちじゃないもんね」
「うん。でも、よかったわ。シュートも入ったし」
「良かったな……あ?重大な事を忘れた」
姫野が大きな声を出したので、風間もびっくりした。
「なしたんですか?忘れ物ですか」
「ああ。鈴子。俺はお前のユニフォーム姿を撮るのを忘れたんだ」
「別にそんなのはどうでも良いかと思いますが」
「何を言う!俺のコレクションに、あ?」
「何ですのコレクションって?」
「ププププ」
運転する風間は笑いをこらえたが、やばいと頭をかいた姫野を彼女はじーーと見つめた。
「前からおかしいとは思っていたんです。鈴子の写真を撮りたがるんですもの」
すると姫野は開き直った。
「何が悪い?俺はお前が好きなんだ。だから写真を撮るくらい良いじゃないか?」
「あーあ。先輩、穴を掘って隠れた方がいいですよ」
「……姫野さん」
「なんだ。幻滅したか?」
すると不貞腐れた姫野の手を彼女はそっと握った。
「怒ったり、拗ねたり……忙しいわ」
「全部お前のせいだ」
窓の外をみながら姫野は手を握り返した。
「……お口の恋人、姫野さん」
「それは嫌だな」
「そうですか?では……痛くなったらすぐ姫野」
「それはセデスでしょ?小花ちゃん!」
「これもダメ?どうしましょう。そうね……」
彼女はすこし考えて、彼を向いた。
「鈴子の好きな姫野さん、どう。これ?」
「良いな!今まで一番いいぞ」
「そう?やった」
姫野に頭を撫でてもらった彼女は嬉しそうに彼の胸に身を寄せていた。
「はあ……先輩。この後小花ちゃんを送ったら、得意先の先生の所に行くんでしょう!聞いているんですか!ちょっと!」
「し!鈴子が寝たんだ。静にしろ」
バックミラーに映る彼女の寝顔に何もいえなくなった風間は、超安全運転で小花を自宅まで送った。
そんな一日が過ぎ、翌日の日曜日のバスケの決勝戦は、全道の夏山愛生堂から元実業団にいた強者メンバーが恐ろしいオーラを纏いながら集結したおかげで、王者、北ガスを倒した。
「やった―――!俺達全道一だ」
優勝が決まった瞬間。応援に来ていた慎也は、嬉しそうに選手達に拍手を送った。
「ありがとう。親父はずっとバスケが好きで。夏山のチームが出来た事を本当によろこんでいたんだ。君達には心から感謝するよ。ありがとう」
選手をねぎらう慎也に、一同は拍手を送った。この中にいた小花も目に涙を称えていた。
……お兄さまの言う通りね。お父様。鈴子もちょっと貢献できたかしら。
決勝戦はぶっちぎりで勝っていたので、最後の2分間だけ試合に出してもらった小花は、愛子が受け取った優勝カップを感動して見ていた。
パシャ!
「あれ?まあ。姫野さん」
「ん?なんだ」
明らかに写真を撮っていた彼に、小花はすっかり呆れていた。
「ジョー。許してやりなよ」
「そだよ。あんないい男は他にいないぜ」
「写真でいいなら。良いじゃんか」
愛子、山形、堂本に言われて小花は、一応納得した。
「ねえ。姫野ってさ。そんなにジョーが好きなの」
同期の堂本に訊かれた姫野はケロリとした顔で応えた。
「ああ。まだ交際していないが。他の誰にも渡すつもりはないんだ」
「「「きゃ~~~~~~~~」」」
白石の三人女は、彼のラブコメントに動機が激しくなった。
「マジかよ?あのさ、どこが好きなの」
山形の問いに姫野は面倒臭そうに答えた。
「?全てだ。まあ、ドジな所かな」
「「「ドジな所?きゃ~~~~~~!!」」」
「何をそんなに興奮しているんだ?おい、鈴子、打ち上げはどうする?」
「私は顔を出したいです。いいでしょう?」
「いいが、俺の傍を離れるんじゃないぞ」
この甘い会話に熱が出そうになっていた白石女達は、そっと場を離れた。
札幌近郊のベッドタウン白石。
昔は白石レンガと言われ、赤レンガの旧北海道庁や、旧東京駅にも使用されたというが、今はもうその痕跡は無い。
そんな町で夏山愛生堂の女子バスケットチームは、今年一番、熱く暑く厚く。
情熱、根性と、今まで想って来たグダグダな思いを全部、すっかり、綺麗に燃やしたのだった。
完
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