222 恋ゴルフ 14

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222 恋ゴルフ 14

「社長。この取材ですが、ぜひ受けて頂きたいのです。はい、これコーヒーです」 「今度は何? 俺にそんなに仕事をさせるなよ」 慎也は秘書の野口の淹れたコーヒーを飲みながら、取材依頼の資料を読んだ。 「『月刊北海道』か……。俺から何の話を聞きたいんだろう?」  不思議そうな慎也に野口はため息で答えた。 「お忘れかもしれませんが、わが社は創業百年を超えています。その偉業をメモリアル発刊記念号に載せたいと、ということでしょうね」 「でもさ俺、そんなカッコいい事言えないよ?」  頬杖を付く慎也に野口は大丈夫だと資料を示した。 「それは私が何とかしますのでご安心を。それに、ほら、今回は『慎也社長の一日』という企画ですし」  ここで西條が入ってきた。 「……へえ? 面白そうですね。どれどれ」 そういって西條は髪をかき上げ慎也から資料を受け取った。 「一日の活動か……これなら俺でも書けます。午前中は仕事でしょう、昼はここの社長室で昼寝? いけね! ええと、いつもの店で外食でもいいしな……問題はこの趣味の時間かな……」    西條の言葉に野口も頷いた。 「そうですね。アクティビティなものがあるといいのですが」 「アクティビティ……」 そういって二人の秘書は慎也を見つめた。慎也は目をぱちくりさせた。 「俺いやだよ。面倒なのは」 「仕事なんですけどね」 「はあ……」 派手な事を嫌い、案外家でじっとしているのが好きな彼を想うと、どんな一日が社長としてべストなのか、二人は思案していた。 「そうだ! ほら、ゴルフ? 野口さん! あの練習場は?」 「……そうですね。スポーツは良いかと思います、あ。そうだ!菜々子先生にも協力いただけないですかね。記事の中に『仲良くしている仕事仲間』ってあるんですよ」  菜々子というワードを聞いた慎也は急に元気になった。 「うん! 確かにものすごく仲はいいよ。それにね。他にもゴルフ仲間がいるぞ。車のセールスマンの向井君は、今、全道一の売り上げだし。野村スポーツの社長の野村君も、ゴルフ仲間だし」  深夜に友達がいてホッとした野口は、パソコンに向かった。 「それで行きましょう! 私は月刊北海道の記者に、この話しを相談しますので」 慎也の代わりに原稿を書く役目の野口は、こうして関係者に相談依頼をし、取材を受けることにした。 ◇◇◇ そして取材初日の当日。慎也に密着取材が入った。同行記者は社長室でここまでの慎也の活動を聞き出した。  7時  起床。まぶしい景色にうーんと背伸びをする。  8時  ピカピカスーツに着替えて出社。  9時  すいすいお掃除の清掃員の邪魔にならないように社長室を抜け出す。 10時  洗濯が舞う屋上で深呼吸。 11時  朝食を食べていないので、社長室で検食。 「すごいでしょう」 「ええ……ところで、夏山社長。その検食ってなんですか?」 取材記者の質問に慎也は、すらすら答えた。 「ここの卸センターには食堂がありまして。そこで出す今日のランチを俺が代表して毒見をしているんですよ」 そういって慎也はまるで給食のようにトレ―に乗った食事を食べていた。記者はメモをしていた顔を上げた。 「毒見っと」 「すみません。今の社長のコメントを撤回させて下さい」  野口は謝りながら解説した。この検食とは、食中毒を防ぐ目的で前社長が始めた決まりだと野口は説明した。 「ですので、毒味ではなく、味見でお願いします」 「なるほど」 「社長が口にするという事で食堂の方もメニューに手抜きができないわけですよ」 「へえ……でも社員よりも先に試食をしているのですか?面白い伝統ですね」 そう話す中、慎也は少し冷めたコロッケを食べ終えた。 「はい、ごちそうさまでした。チェック項目は全部○っと! さあ。お次はなんだっけ?」 こうして慎也は珍しく意欲的に仕事をこなして行った。 12時  社員研修の『男性のメイクアップ教室』を見学。  1時  おやつを食べながらデスクワーク。  2時  宿直室で仮眠。  3時  会議。  4時  会社の中をぶらぶら。  5時  汗をかいたので御風呂。  この様子を密着していた記者は汗を拭った。 「なんていうか。本当に会社でリラックスされているんですね……」 風呂上がりで髪が濡れていた慎也を見た記者は、こんな慎也を許している会社の雰囲気の方に感心していた。 「まあね」 風呂上がりの慎也は髪を整えた。 「自分がピリピリしていたら社員も良い仕事ができませんし。あ、お疲れ様です」 そういって慎也は今夜の宿直当番に会釈をして、記者と供に会社を出た。そして野口の運転で円山ゴルフ練習場にやってきた。 「6時は『ウキウキ ゴルフ♪』だもんな。あ?向井君!野村君。忙しいのに悪いな!」 いつもの奥の打席には向井と野村が待っていたので手を振った慎也に、小林が声を掛けてきた。 「慎也君。そちらが記者の方ですか? ご挨拶させてください。当、円山ゴルフ練習場を任されている小林と申します」 今夜は円山ゴルフ練習場とネーム入りのポロシャツの彼は、取材記者と名刺交換をしていた。そして向井と野村とも名刺交換し、いよいよ取材となった。 「それではですね。仲良く練習している様子を写真に撮りますので。少し三人で集まって、そうそう……球を打って下さい」 記者はパシャパシャと高価そうなカメラで写真を撮って行った。 「見てください、慎也君。僕のこのバッチ」 「おお? メルセデスのバッチだ」 「この紺のポロシャツも会社のものです。今夜の取材の話を聞いた上司が、このバッチも付けて着ろって」 「似合うよ。歩く車って感じだよ、それに野村君も」 背に大きく野村スポーツと書かれたグリーンのポロシャツの彼も笑みを浮かべていた。 「俺なんかパンツにも社名が入っているし! ほら……」 一応練習の風景なので三人はそういう動きをしていたが、全然違う話をしていた。 「あーあ、俺も夏山カラーのサーモンピンク着てくれば良かった」 「みなさん! 取材中って分かっているかしら?」 ここに彼らの師匠である菜々子が颯爽と登場した。記者はスッと名刺を出した。 「星野さんですか? 月刊北海道です!今夜は宜しくお願いします」 「こちらこそ! 一日取材大変ですね。どうぞ何でもおっしゃってください」 記者と爽やかに挨拶を交わした彼女を見た秘書の野口は、思わず言葉をこぼした。 「さすが一流の方は違いますね」 「お前もまだまだだな……菜々子さんは俺達じゃないとダメだぞ、なあ、向井君、野村君?あ、握手しようとしている! だめだ、野村君、菜々子さんを守って」  菜々子に接近しようとした記者の阻止を指示した慎也は、菜々子を連れてきた。 「はい、菜々子さんはこっち……はい、俺達の練習を見て下さい、っと」 そういって若い男性記者から彼女を遠ざけた野村達は、彼女を交えて楽しい練習を始めた。そして練習の様子の取材を終えた彼らはゴルフ練習場内にあるレストランにやってきた。 「ええと。7時は『夕食タイム パクパクよく食べる』だもんな。俺はいつものハンバーグ!」 各自好きな物をオーダーし待っている間に、記者は向井と野村に話しかけてきた。 「あのですね……今後の特集でお二人も友人として取材させていただきたいんですよ。いかがですか?」 「僕ですか? 車を売っているだけで、何も話す事なんかないですよ?」 「俺も。失敗談しかないですけど」   するとここに小林がやってきた。 「いいじゃないですか? 二人は立派な社会人ですし。北海道で頑張っている若者の代表として、ぜひ検討して下さい。それではそろそろお料理がきますので」 ここで記者は小林に訊ねた。 「あのですね。このレストランには初めて来たんですが、お料理が本格的なんですね」 「ハハハ。実はですね、ここはプリンセスホテルのいわば新メニューをお試ししているレストランなんです」 「「「ええええ??」」」 菜々子以外、これを何も知らなかった三人は同時に声を上げた。小林はドヤ顔で語った。 「当練習場は比較的高級な施設でして、お客様もそれなりに舌が肥えておいでです。ですから新人や病気治療中の料理人、昼には幼い子供のいるプリンセスホテルの社員が、勤務しておるのです」  慎也はスタッフを見て納得した。 「そうだったんですか。でもそれはあまり知られていませんよね」 「はい。お客様の中には試食をさせられていると不快に思われるかもしれませんしね。それにこのレストランは、練習した方しか利用できませんので、外の方はご存じないわけです、あ、お料理がきましたよ」   こうして楽しいひと時も取材を受けた彼らだったが皆多忙であったので、この夜はこれで解散となった。 「そして、社長、最後は『8時  そろそろ帰宅』ですね」 慎也の車を野口の運転で彼のマンションにやってきた。 「そだよ。後ろから来ているのは記者さんだろう?」 「そうですね」 ルームミラーをちらと見た野口に慎也はつぶやいた。 「それよりもさ。野口も家に来てよ。明日の菜々子さんとの対談の時に着るスーツ、俺、選んだんだけどさ。野口にも見て欲しいんだ」 「わかりました。ところで。社長、ずいぶん菜々子先生と親しいようですが?」 後部座席に慎也は、これに顔を上げた。 「うん。親しいよ……それは俺の自慢だからね」 「ですが、約束を覚えていますか? 社長業に慣れるまでは、女性との交際は控えると」 「……ああ。それか?」  そんな約束をマジで忘れていた慎也は、髪をかき上げて言葉をこぼした。 「心配するな野口。俺と菜々子さんはそういう関係じゃないよ 「ではどういう関係ですか」 「俺はまだ……社長として全然だからさ。しかも俺、年下だし。だから彼女に一人前って認めてもらえるまで今は仕事を頑張っているわけだよ」  本音を打ち出した慎也に野口は安心したように答えた。 「そうですか。だから最近、張り切っていたんですね」 「まあね。でもさ……菜々子さんって無自覚なんだけどカッコいい美人でモテるんだよ。だから俺も必死に他の男に取られないか、必死だよ」 「そうでしたか……あ、マンションに着きましたよ」 こうしてこの夜、パジャマ姿の慎也の写真を撮り終えた記者が帰った後、慎也は野口にスーツをコーディネートしてもらった。 そして翌日。慎也と菜々子の対談の朝がやってきた。 「……卸センターって、あ。あれかな」 札幌駅北口から出てきた菜々子は、約束の時間に合わせて東に向かっていた。 本日の装いは黒いパンツスーツ。髪をきりりとポニーテールで決めた彼女の白いタンクトップの胸元には星型のトップのネックレスが光っていた。 「会社はここかな……失礼しまーす」 夏山ビルの玄関から入ってきた菜々子は、慎也の待つ社長室をエレベーターの横にあった社内案内のお知らせで探した。   ……三階か……よし。 場所を知った彼女は、迷わず階段を上ろうとした。 「お客様、どうぞ!エレベーターをどうぞ!!」 どうぞ、どうぞと誘ってくれた渡に菜々子は微笑んだ。 「ご親切にありがとうございます。ですが運動になるので階段でいきます」 そして三階に着いた菜々子は社長室をノックした。ここでもどうぞと言ってもらった彼女はそっとドアを開けた。 「あ。菜々子さん?」 「社長! 動かないで下さい」 彼女が入った時は、ちょうど慎也の写真を撮影していた時だった。 「ねえ、もういいでしょう。菜々子さんがきたし」 「……もう少しです。こっちに目線ください」 フラッシュとレフ板に囲まれた慎也は不貞腐れていたが、今日の服装は半端無くカッコ良かった。彼にドキとした菜々子だったが、これを誤魔化すようにカメラマンの背後に立った。 「慎也君! ちゃんとすれば早く終わるわよ?はい、笑って……こっちこっち?」 「菜々子さん、七五三の写真じゃないんだよ」 「そんな顔ダメよ? 笑って? ……さて。この前のゴルフで、自分のボールを踏んだ人は誰でしょうか」 「ふふふ」 最高の笑顔が出たので、カメラマンは慎也を解放した。そしてようやく二人の対談が始まった。 「……それではですね。いきなり対談といってもあれですので、話す内容はこちらを使ってください。でも話が脱線しても結構ですから。お二人の様子はこちらで撮影していきますので」 「わかりました。菜々子さんお願いします。さあ、お互いの第一印象だって。俺は『生意気な女』」です」 「私は『お坊ちゃま』です」 素直な菜々子の話を背後で話を聞いていた野口は笑いを堪えていた。 「ひどいな?ええと次は、仲良くなったきっかけだって。なんだろうね、菜々子さん」 「慎也社長と最初にゴルフに行った時でしょうか? あの時は楽しかったですね」 いつもと違い彼を社長扱いする菜々子の答えに、慎也は眉を上げた。 「……そうですね。私もすごく楽しかったんですよ。憧れの菜々子先生と一緒にプレイ出来るなんて……今でも思い出してドキドキします」 こんなセリフをぬけぬけと言い出した慎也に野口は冷や冷やし始めた。 「そして、お互いの好きな所か……私は菜々子先生の仕事とゴルフに対する熱心さも好きですが、内に秘めている乙女心も大好きです」 まるで芸能人の結婚会見のような答えだったが、緊張していた菜々子は自分は何を言えばいいのか必死であったので、慎也のラブコメントにまるで気が付いてなかった。 「ほら……菜々子先生も、俺の好きな所を言って?」 「私ですか?その……ひた向きさ、って言うんでしょうか。社長業でストレスがあるはずなのに、いつもニコニコして頑張っている所が好きです。優しいですし」 この真面目な答えに、記者は顔をほころばせ、野口は心臓がバクバクしてきた。 「へえ。そんなに好き?俺の事」 「はい。一緒にいると安心します」 「……俺もです。では次は……二人にとって仕事とは、か……これはパスしていいですか?」 こうして取材なのか、オノロケなのか良く分からない対談は終了した。 原稿の確認については野口が責任を持つというので、次の仕事が合った記者はこれを了解した。 「では見本が出来たらお見せします。二日間お世話になりました」 野口が記者を玄関まで送りに行ったので、菜々子は慎也と社長室で二人きりになった。 「しかし、疲れた。昨日は密着だったし」 「お疲れ様でした。社長さんのお仕事、本当によくやっているのね」 そういって彼女は野口の淹れたコーヒーを飲んだ。 「見直した?」 「ん? 別に今さらそんな風には思わないけど」 「どういう意味?」 「だって。慎也君がいつも頑張っているのは知っているもの。見直す箇所はないもの」 「……菜々子さーん!大好き」 いきなり慎也は菜々子を背後から抱き締めた。 「こら!離しなさい」 「嫌だ。このままここにいて」 するとここに野口が帰って来た。 「……社長。お約束は?」 「反故にする!ね、菜々子さん」 「何を言っているの?もう、この手を離しなさい!お仕事でしょう?ほら……ダメじゃないの秘書さんを困らせたら。怒るわよ?」 「……もう怒ってるし」 彼女から離れた慎也が子供のように不貞腐れていたので、菜々子は彼の手を握った。 「さ。お仕事よ。ね?私も行かなくちゃ」 「頑張ったご褒美はないの?俺、すごく頑張ったんだけど」 「ご褒美?子供じゃないでしょ……あ」 この隙に慎也は彼女の耳元にキスをした。 「フフフ。さあ、帰っていいよ。菜々子さん」 「こら!まったく」 頬を染めた菜々子は慎也の頭にコンとチョップを決め、帰り仕度をした。エレベーターまで送りにきた慎也と野口に見送りはここでいいと断った彼女は、笑顔で手を振り夏山ビルを後にした。 こうして後日。『月刊北海道』が発売された。 「なあ、うちの社長って、パタパタママみたいだな」 中央第一の石原はつまらなそうにページをめくった。 「汚い手で触らないでくださいよ、それは姫野係長が得意先に持っていく本なんですから」 「別にまた買えばいいじゃねえか」  だるそうな石原に松田は言い放った。 「人気が合って手に入らないから、得意先から頼まれたんですよ。それくらいわかってくださいよ」 表紙の慎也は、社長室で素敵な笑顔で立っていた。重厚な部屋に佇む青年は創業百周年の医薬品卸売会社を率いる社長としての威厳と寛容さと、美しさが光っていた。 「この表紙だけでもな。欲しがる女がいるかもな」 「増刷が決まったそうなので、そうしたら私も買おうっと!」 石原は汚さないように本をそっと姫野の机に戻した。その頃、菜々子も職場でこの本を発見していた。 「……これは……どういうことですか南先輩?」 「どういうことって、お前が載っているから、ホテルの全室に置く事なったんだが、お前。何、慎也社長に告白しているんだよ。読んだ俺の方が恥ずかしいよ」 「私、そんなつもりじゃなかったのに……」 赤らめた顔を手で隠した菜々子は、かがみこんでしまった。 「どうしよう……お嫁にいけない」 「まあ、夏山社長にもらってもらえるようにお願いしてみるしかないな。本気でそれしかないぞお前」 うううと声をこぼしながら菜々子はプリンセスホテルの窓から外の景色を眺めた。 夏の庭は木々が茂り、新緑がまぶしかった。々子はその眩しさに、目を細めていた。 完
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