217 恋ゴルフ 12

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217 恋ゴルフ 12

……ピンポーン。  誰かしら、こんな夜。夜の十時に自宅マンションに鳴ったチャイムを菜々子は無視した。すると今度は、スマホが鳴った。 「……慎也君?もしもし、どうしたの」 『今、菜々子さんのマンションの下にいるんだけど!ねえ、開けてよ、菜々子さん!エントランスにいたらみんな変な目で俺を見てるし!』 「どうして、ここに?」 『良いから!早く早く』  騒ぎになるのも嫌なので、菜々子は彼をマンションへ招き入れた。そして今度は、菜々子の部屋のチャイムが鳴った。 「……全く、どうしたの」  ドアを開けると、慎也が俯いて立っていた。 「怖いんだ……助けてよ」 「え?」 「とにかく入れて!もう夜だし」  本当は夜なので若い男性を部屋に入れてはいけないが、慎也の切迫した様子と以前一度泊まっているという安心感で、菜々子は彼を部屋にあげた。 「で、どうしたの、一体?」  勝手にリビングへ進む慎也の背に、菜々子は優しく声を掛けた。 「……野村君が悪いんだよ、それに向井君も……」  そういって慎也はベッドに腰を掛けた。 「あのさ。さっき俺達、ゴルフ練習したでしょう?その後、皆で食事をしたんだよ……」  そういいながら慎也は上着を脱いで、はい、と菜々子に手渡した。 あまりにも自然な動きなので、つい彼女もこれを受け取りハンガーに掛けた。 「そうしたらさ、なんか心霊スポットの話になってさ……俺のマンションの傍に『首吊り館』があるっていうんだよ……はい、ネクタイ」 「怖いわね、それで?」  靴下を脱いだ慎也はベルトに手を掛けた。 「あ、俺の着替えある?あのハーフパンツでいいよ」 「待って?すぐでるから、はい、これ!!」  菜々子がはいっと投げると慎也はこれを受け取り、彼女に背を向けてズボンを脱ぎ、これに着替えた。 「サンキュ!……でさ。最近俺の部屋って、夜、窓を開けて寝ると隣の部屋から人のうめき声が聞こえてくるんだよ。それを思い出しちゃってさ。怖くて怖くて。それで菜々子さんちに泊まろうと思って来たわけよ。あ、Tシャツもあったよね」  そう言いながら彼は上半身裸になったので、菜々子はあわててTシャツを投げた。 「サンキュ!」 「でもさ。どうして私の部屋なの?」 「だってさ。俺は菜々子さんの生徒だよ?……ダメ?」  すっかり泊まる気満々の慎也に、菜々子は動揺した。 「でも……あの」 「菜々子さん!いいから横に座って、ほら!」  そういってまるで自分の部屋のようにリラックスしてべッドに座る彼の横に、菜々子はちょこんと座った。 「あのね。俺はさ、菜々子さんに絶対!手を出さないから。だってそんな事をしたら、菜々子さんは俺と二度と逢ってくれないでしょう?」 「……うん、でもね。一つ聞いていい?」 「どうぞ?」  菜々子はずっと気になっていた事を口にした。 「慎也君は、女の子にモテるでしょう?私なんかよりも、もっと可愛くて気の利いた優しい女の子のお家に行けばいいんじゃないの?」  すると、慎也はベッドで胡坐を組んだ。 「……まあ、正直そういう事も可能だけどさ。俺さ、実力も無いのに社長でしょう?その、見栄っていうか、対面張るのって、疲れるんだ……でもさ。菜々子さんにはみっともない所、全部知られているからさ、一緒に居てすごく気が楽なんだ……」 「毎日、頑張っているものね、慎也君は」  すると彼は嬉しそうに微笑んだ。 「菜々子さんもでしょ?男の人が苦手なのに、頑張っているもんな……偉いよ」 「偉くなんかないわ……それに最近は、慎也君のおかげで前よりは怖くないのよ」  すると急に慎也がむすとした。 「それはそれで……嫌なんだけど、まあ、しょうがないか」  そう言うと彼はすくと立ち上がった。 「歯ブラシどこ?」 「え?ちょっと待って」  菜々子は自分用の新しい歯ブラシを彼に渡した。 「サンキュ。菜々子さんの仕事は?何時?」 「昼からよ、慎也君は?」  すると彼はニヤと笑った。 「……俺は社長だからさ。重役出勤!10時くらいに行こうかな」  そういって彼は歯ブラシに歯磨きを塗り始めた。これをみた菜々子は、慎也が本気で泊まる気だと確信した。 ……でも。以前泊まった時も、何も無かったし。ここで追い返すのも気の毒だし。  お人よしでまだ恋愛経験のない菜々子は、こうして年下の慎也を泊める事にした。 「ね、菜々子さんも一緒に寝よう」 「さすがにそれは……」  すると歯磨きを終えベッドに寝そべっていた慎也がガバっと起きた。 「さっきから何度も言っているでしょうい?何もしないって。あのね?手を出そうと思えば、今まで何度もそういう機会はあったんですよ、実は。でもさ、俺は菜々子さんに嫌われたくないんだよ……だからお願い!横に一緒に寝てよ……菜々子さん、ねえ!」  ……言われてみれば確かにそうだし。 「ほら、こっちに来て!ここに頭を置いて。早く!」 「フフフ、慎也君、ここは私のベッドだよ?」  観念した菜々子はベッドに腰を下ろした。 「本当に何もしないよ、だって菜々子さんが好きだから……俺、嫌われたくないんだ」  そう言って彼はベッドに寝転んだ。二人で天井をじっと見つめた。 「電気消して、菜々子さん」 「わかった。おやすみ、慎也君」 「おやすみ、菜々子さん……」  消灯の部屋。窓入る月明かりが眠る二人を照らしていた。  ……慎也君、本当に寝ちゃった?……。  菜々子のベッドはプロゴルファーをしていた時、商品でゲットしたダブルベッドだった。   ……疲れていたのかしら。    スースーと彼の吐息がこの部屋を支配していた。 菜々子もこの息遣いをララバイにし、いつの間にか寝てしまった。  そして朝。さすがに眩しくて菜々子は目覚めた。  ……慎也君はまだ寝かせてあげよう。  菜々子は年上らしい事をしないといけないと思い、朝食の準備などを始めた。 「……んーーー。今何時?」 「8時だから。まだ寝たら?」 「うーーん……」  慎也は大きく寝がえりを打った。 「なんか、いい匂いがする……」 「まあね。これからが勝負よ」  キッチンで妙に身構える菜々子を見て、慎也はむくと起きた。 「オムライス?」 「ううん。『ポーチドエッグ』よ」 「何だよそれ。名前からしてうまそうじゃん……」  そういって彼はキッチンに立つ菜々子の背後に立った。 「何を入れるの?」  菜々子の肩に顎をのせて慎也は彼女の手元を見ていた。 「……お酢です。どうかな……よっと」  彼女は器用に白くてトロリとした卵を完成させた。 「うまそう」 「まだよ。これを使って『エッグベネディクト』を作るの……え」  慎也は肩に置いていた顔を菜々子の首筋までスススと移動させていた。 「く、くすぐったいんだけど?」 「何もしてない。気にしないで続けてよ……なにその、エッグなんとかって」  しかし。絶対自分の首筋にキスをしている慎也のせいで、菜々子は全然集中できずにした。 「慎也君!約束でしょう?」  すると彼は彼女からそっと離れた。そして顔を洗ってくるといい、洗面所に行った。これにホッとした菜々子は、朝食を完成させた。 「すっげ!これ食べていいの?いただきまーす」  寝ぐせがひどい慎也はうれしそうにこれにかぶり付いた。 「うま?コショウが利いてる……」  目を瞑ってかみしめる彼に、菜々子はホッとしていた。 「レモンを絞り過ぎたでしょう。ごめんね」  彼はううんと首を振った。 「そんなことないって言おうとしたけど……ハハハ。絞りすぎだよ」  むしゃむしゃ食べる慎也は、とても可愛らしかった。   ……良く眠れたみたいだわ……よかった。 「ねえ。もうこれないの?」 「……そう言うと思って、はい、もう一つ!」 「やった、って。あれ?何でお皿を引っ込めるの」  菜々子はすっと野菜ジュースを彼の前に出した。 「それを飲んでからよ」 「これ?俺は虫じゃないんだぞ……もう……はい、飲んだ!」 「お利口さんね、さあ、どうぞ!」  こうして仲良く二人は朝食を終え、出かける時間になった。 「ところで。私、今夜は夜勤もあるから、部屋にいないんだけど。慎也君はどうする気?」 「俺、今日の昼に函館に行って、そこに泊まるよ」 「……そう」  そして菜々子は慎也のマンションについてネホリハホリ訊ねながら、二人はエレベーターを降りた。 「慎也君は、一度マンションに戻るの?着替えとか」 「ううん。会社に直行。そこで風呂に入るし、着替えもあるんだ」 「へえ。大企業は違うわね……さ、お仕事にいきますか」  チーンとドアが開く瞬間、慎也はそっと菜々子の背後から耳元に口を寄せた。 「菜々子さん、大好きだよ」 「なによ!突然?」 「あはは。ほら、降りるぞ」  彼はそういって菜々子の腰に手を置き、一緒に歩いた。方向が違うので、二人はここで手を振って別れた。  そして、慎也が函館から帰って来た日の夜。菜々子は向井と慎也のマンションにいた。 「……そろそろだよ。ほら、ね?聞えただろう」  ……ウウウ……ウウウウ……。  菜々子の背にすがり震える慎也を他所に、向井はマンションのベランダに進んだ。 「本当に聞えるね……隣だ」  すると菜々子は、バックから何かを取りだした。 「なにそれ、聴診器?」  うんとうなずく彼女はこれを装着し、隣の壁にこれを当てた。 「……そうね、隣から聞こえるわ」  すると菜々子は、バックから何を取りだした。 「それは伸びるんですか、先についているのは鏡?」 「し!静にして……」  そういって彼女はベランダに進み、隣の部屋をこれで覗こうと、フェンスに身を乗り出そうとしていた。 「危ないですよ?!菜々子先生」 「落ちたらどうするの!」  そんな彼女に向井と慎也はしがみついた。 「なるほどね……終ったわよ。フフフ」  落ちそうになっていた彼女を必死に抑えていた二人は、冷や汗ものだったが、三人はこうして部屋に入った。 「慎也君。もう一度聞くけど、隣の住人はススキノ関係のお姉さんなんでしょう?」  菜々子はもう一度、聴診器を壁に当てた。 「うん。今夜も出勤したからさ。部屋に誰もいないはずだよ」 ……ウウウ…… 「うわ。ほら」 「また聞えた?やはり、これは霊?」  ビビる向井と慎也に、菜々子はにんまりと微笑んだ。 「これはペットよ」 「「ペット?」」  しかし。この唸り声に向井は首を傾げた。 「ここはペット禁止でしょう?きっと声を去勢した犬をこっそり飼っているんだわ」  証拠としてベランダに使用済みのペット用のオムツなどが置いてあるのが見えたという。 「飼い主がいないから、寂しくて鳴いているんだと思うよ。ね、慎也君、手紙を書きたいんだけど、書くものをかして」  ペンを持った菜々子は、この旨を記し一か月以内に改善されなければ大家に告げるとし、匿名でポストに入れて帰ると言った。 「そうか。でも犬も可哀想だな」 「慎也君が気付かなくても他の誰かが通告するかもしれないし、まああまり気にしないことね」  平然と話す菜々子に、向井は首を傾げていた。 「あのですね、そのマジックミラーみたいのって、どっから持って来たんですか?」 「これ?プリンセスホテルの南先輩に借りたのよ……どうして?」  すると向井が真面目そうな顔で菜々子を見つめた。 「ひょっとしてホテルの人って………そういう道具で部屋を覗いているんですか?」 「え?そ、そんな事ないわよ。アハハハ。これは先輩の私物よ。嫌ね」 「でもさ。聴診器って、普通無いよな」 「アハハハ。さあ、帰ろうっと。慎也君、おやすみ?」 「待ってよ?泊まってよ。向井君も朝まで遊ぼうよ」 「帰ります、僕は。君と違って平社員なんですから」 「そうよ、さ、行こう向井君」 「やだやだ。じゃ、俺も菜々子さんの家にいく!またアレ食べたい!」 「慎也君。もう遊んであげませんよ。ほら、布団に入ってください」 「そうよ。早く寝たらいい事があるわよ」 「良い事……わかった。約束だよ、菜々子さん」  大人しく彼らを返した慎也が不思議な向井は、エレベーターを待つ菜々子の横顔をそっと覗いた。 ……菜々子さんは慎也くんが好きなんだな。  嬉しそうに微笑む菜々子を隣に向井はエレベーターに乗った。彼女の気持ちに気がつきたくないと思う気持ちは、彼のボタンを押す力を強くさせていた。 完
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