2051人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
223 不離一体 掃除隊
「あーあ。どうしてこんな所にドイツから視察に来るのかしら」
「きっとドイツには卸センターが無いのよ」
「どうして?」
「私が知る訳ないでしょう!」
酷暑日の札幌。紗里、恵、暁子、茉子はぶつぶつ言いながら卸センターの屋外の掃除をしていた。
「しかし暑い……暑い、といえば恵ちゃん。その後、野口さんからの連絡はどうなの?」
「うん。一応、返ってきたよ、ほれ」
そう言って彼女はスマホのメッセージを仲間に見せた。
恵『クッキーを焼いたので渡したいです』
野口『お気持ちだけで結構です』
これを見た紗里はこめかみに血管を浮かばせた。
「何よこれ、断られてるじゃん?」
「そうお? でも気持ちは受け取ってくれたし」
呑気にしている恵に暁子は目をぱちくりさせた。
「前向き過ぎじゃないの?……茉子ちゃんだったらどうする」
「私なら吐き捨てるわ……。でも返事は確かに来たわね。進歩じゃないの」
「えへへ!」
「「「喜ぶなっつうーの!」」」
舌を出して頭をかく恵にそろって突っ込みを入れた三乙女達は卸センターの駐車場にやってきた。すると一角にある駐車場の小屋を紗里が指した。
「あそこにいるんだよね? 声を掛けようか。せーの……」
「「「こっはな、ちゃーん!」」」
すると駐車場の隅にある小屋の小窓から彼女が顔を出した。
「……はーい!」
まるでとんち坊主のように小屋から返事をして出て来た彼女は、本日はガードマンの制服を着用していた。
「似合うわ……暁子も着てみたい!」
眼をキラキラさせた暁子に紗里はイヒヒと白い歯を見せた。
「およしなさいな。ボーイスカウトにしか見えないわよ」
「ひどいわ? 紗里ちゃん! 暁子はこれでも大人よ」
「オホホホ。年だけはね」
「あ、めまいが」
嘲笑う紗里に、暁子は急に倒れて来た。
「痛い!何をするの」
「あーれ? ごめんなさい? よろけて足を踏んじゃった! ごめんね」
「まあ? 靴の跡がくっきり着いたじゃないの。この靴高かったのよ」
怒る紗里に暁子はすました。
「嘘よ。七星さんからタダでもらった靴じゃないの」
「そうね。私も同じ靴だもん、あ? 何をするのよ」
足をさっと出した紗里の足を、茉子はわざと踏んだ。
「あらら?ごめん遊ばせ。あんまり小さいから虫かと思ったわ」
「……ぐぬぬ。この性悪女め……」
「ふん。偉そうに」
「ちょいと! 喧嘩はダメよ」
「そうよ! あ、そうですわ?冷たいお飲物をどうぞ!ほら」
そう言って小花は小屋の冷蔵庫から出した飲み物を紙コップに注いだ。
「……これはうちで採れたハーブと蜂蜜をミックスしまして……そしてお花を浮かべたんですの。さあ、どうぞ」
いただきまーすとお掃除娘はこれを飲んだ。
「うわ……小花ちゃんはいつもこんな素敵な物を飲んでいるの?」
「口の中が花の香りに包まれたわ」
暁子は驚き、茉子はうっとりした。紗里は頬を染めており、恵は腰に手を当て一気飲みをしていた。
「何か……妖精になった気分」
「お代わりぃ!」
こうして魔法のドリンクでご機嫌になったお掃除娘達は、小花を囲んでアハハと笑っていた。そんな中、紗里が小屋の窓から外を見た。
「ところで、この車ってまだ持ち主現れないの?」
「そうみたいですね」
本日の小花は、駐車場係りのおじさんが健康診断で血尿がでている事が判明したため泌尿器科に受診に行くために代わりをしている。駐車場係りをしていた小花は、長期間放置されている白い軽自動車を見つめた。
「おじさんが警察に相談したんですけど、ここは私有地と言われてしまって相手にしてもらえなかったって言っていましたわ」
卸センターの駐車場はここに登録した車しか停まれないのに、この車はいつの間にか停まっていた。警察も動いてくれずに駐車場係は困っていた。
「ぶつかってボコボコじゃないの?放置自動車かしら、嫌ね!」
茉子の言葉に小花は頷いた。
「今は夏山の総務の方がこれの撤去を手続きしているそうよ。あ! また西條さんたら、常務の車を半ドアにしているわ。もう!」
「私がやるわ」
「本当に西條さんはドジね」
暁子が腕を組む中、紗里がドアを深く押し、ドアを締めた。これを見届けた小花は西條にメールを送った。
「……『鍵をロックして』って送りましたが、どう? 夏山ビルの窓を見て」
四人が夏山ビルを見ると窓辺の西條は白い歯を見せて微笑んでいた。
「小花ちゃん! あいつ、サインを送っているわよ!」
「まあ」
暁子の声で確認すると窓辺の彼は腕で、why?のジェスチャーをしていた。小花はムッとした。
「……ふざけているんですわ!」
「うざいわね。早くじょっぴんを掛けなさいよ!」
茉子は思わず道内でも高齢者しか使わない鍵を掛けるという方言を声を大にして叫んだ。しかし西條はまだニヤニヤしている。そこへ早く!早く!早くしろよ!と怒りお出した娘達が、一生懸命、車を指した時、やっと西條はリモコンでガチャと施錠をした。
「掛かったわね。OKですよ、みんなもサインを送って、あら」
OK! OK! O Kなんだってば! 何をしてんのよ! ふざけんな! と、しきりに腕で丸を作りジャンプしている娘達に、西條もようやく丸を作ってきたので、彼女達は彼に背を向けてこのジェスチャーゲームを終わらせた。
「うざ! あの人、いつもこうなの?」
「ウフフ。甘えているんですよ。仲良くしてあげましょうね」
「小花ちゃんは大らかとういうか、懐が広いわ……」
「でもこれがモテる秘訣なのね」
茉子と暁子が感心している時、小花は紙コップを回収し始めた。
「あの、みなさん。すみません。私、一度夏山ビルに行って取って来たい物があるんです。少しだけ留守番をしてくれませんか」
駐車場係りは暇なので、ここで待機の時間にワールドへの日誌をどんどん書いてしまおうと思った小花は、これを取りに行きたくなっていた。
「いいわよ。早く行きなさいよ」
「暁子もここでまったりしているわ」
「涼しいしね」
「ふわ……眠い」
「ありがとう!では」
彼女の背を送った掃除娘は、暇なのでこの放置車を見ていた。
「まったく、迷惑だっつーの」
「車の中もゴミだらけ、嫌ね」
そういってドアを開けようとした茉子は、本当に開いたのでびっくりした。
「だらしないわね? 鍵もしないなんて……」
その時、仲間を無視して野口にメッセージを送っていた恵は車に寄りかかっていた。
「ん?何か言った?……あれれ」
とつぜん前に車が動いたので、娘達はおっとっと!と車を押さえた。
「危ないわね!? サイドブレーキを引いて無いんじゃないの」
「元に戻そう。また押すよ、そーれ!」
四人はこれを押したが、元の枠には入らなかった。
「ハンドルが曲がっているからよ。ええと暁子ちゃんは免許持っていたでしょう。運転席に座って」
「ええ? 免許を取って一度も運転してないわよ?」
「良いから! 早く!」
「仕方ないわ? パイルダー……オン!」
そういって暁子はゴミだらけの運転席に泣きそうになりながら座りハンドルを握ったが、元の位置に駐車することができない四人娘は、汗だくになった。
「バックモニターがないんだもん。暁子には無理よ」
「エンジンかかってないんだからふざけないで」
「もういいわ。いっそこれは車道に出しましょう」
「ここに戻すのは諦めるの?」
恵の声にうんと紗里は頷いた。
「無理だもん。でも前進なら大丈夫でしょう」
「うん。押して!」
そんな理由で四人はこの放置車両をよいしょ、よいしょ道路へ進め、駐車してしまった。そこへ何も知らない小花が戻ってきた。
「お待たせ!……あ、その車。どうしてここに?」
「へ? 最初から……ここよ」
「うん。小花ちゃんの勘違いじゃないの」
そうだ! そうだ! という四人娘の話を信じていない小花は、溜息交じりにスマホを手にした。
「もしもし。今、お電話宜しいですか?」
『もちろんです。デートの誘いですか』
電話の相手の及川刑事に小花はすまして答えた。
「いいえ。放置自動車なんですが、今から車のナンバーを言うので持ち主を教えてもらえませんか?」
『ちなみにどこに駐車されてるんですか』
「市道です」
『お待ちください。今、車のナンバーを照合するので……あ?これは』
電話の向こうの及川刑事は、同僚に何かを指示していた。
『小花さん。今から行きます。で、どこ?』
場所は卸センターと告げた彼女は、彼が来ることを仲間に伝えた。
「え? もしかして、私達を逮捕しに来るの?」
「ええ?暁子は……どうしよう? 免許不携帯だわ」
「バカね! 取って来なさいよ」
「無理よ? ……もう来たし」
……ウーウーと赤色灯を回してやって来た覆面パトカーに小花は青ざめた。
「……サイレンなんて鳴らして?あの。ダメですわ!」
そういって道路にでて両手を振った小花に、及川は嬉しそうに降りて来た。
「ご機嫌いかがですか?」
「良くありませんわ! もう、音を止めて!」
すると及川はくるっと部下に振り向いた。
「おい!止めろ!ここは会社だぞ!って、これでいいですか、小花さん」
スーツ姿の凛々しい及川に、掃除娘達はうっとりしていた。
「小花ちゃん。この人だあれ? いい匂いがする……」
「紗里ちゃん? 人を指さないで!東署の及川刑事ですわ」
「どうも! で、この車両か……」
一緒に来た警察官はこの車を囲んで色々調べていた。これを見ていた掃除娘は自分達が怒られるんじゃないかと冷や冷やしていた。
「刑事さん。暁子は……暁子はどうなるの」
涙目の彼女に彼は黒い頬笑みで近付いた。
「おやおや? 君は悪いことをしたのかい……いけない子だね? 刑事さんに正直に……ぜんぶ白状してご覧? ほら」
「……許して……暁子は何も知らなかったの……」
ドSの及川に顎クイされたドMの暁子の胸はキュンとして全てをべらべら話してしまった。
「そうか……分かったよ。良く話してくれたね。良い子だね。よしよし」
涙目の暁子は及川に頭を撫で撫でされて、うっとりしていたその時、調べていた刑事の叫び声が響いた。
「ありました! 例のブツです」
「おお。でかした!」
いったい何が起きたの? と掃除娘が固まっていたところに及川がやって来た。
「ええと……君達に確認するけど。この車は、どこに停めてあったかな?
せーの」
「「「「「おろしせんたーちゅうしゃじょう」」」」」
「おほん! あの車の持ち主は現在指名手配中なんだよね……。だからこの車を証拠として運びたいんだけど、私有地となると許可とか面倒なんだよ」
「お待ちになって! 皆さん円陣よ」
小花の言葉で五人は円陣を組みひそひそ話し合っていた。
「小花さん……準備はいいかい」
「はい! どうぞ及川さん」
「よし。じゃ、もう一度聞くよ? この車はどこに停めてあったかな……せーの」
「「「「「しどう」」」」」
この答えに及川は拍手をした。
「よくできました! ささ、移動だ!」
こうして及川は先に去り、後からレッカー車がこの軽自動車を運んで行った。そして掃除娘達は各会社に戻り一人小屋に戻った小花は、のんびりと日誌に嘘をツラツラと書いていた。
そんな時、恵だけはここに戻って来た。
「小花ちゃん。私の焼いたクッキーなんだけどね。味を見てほしいの」
「いいですわ。美味しそうですね」
「うん。想いが通じるように髪の毛を細かく入れ」
「要りませんわ」
「ようとしたけど……あれ、お客様よ」
小屋の外には男性が立っていた。
「すみません。ここに軽自動車が合ったかと思うんですけど」
まさかの持ち主登場に恵はショックで固まったが、小花はにっこりとほほ笑んだ。
「まあ? 白い軽自動車ですか? あいにくここの駐車場を工事するので近くの空き地に移動してしまったんです。今、担当者に連絡してみますね」
そう言ってスマホを取り出した小花は、恵に客へお茶を出すように指示をした。
「……もしもし。あ? 及川さんですか? あの車なんですけど、持ち主がお出でなんです。どうすればいいですか? あ、今、手配して下さるんですね。お待ちしております……」
その間、恵は自慢のクッキーを男にごちそうしていた。
「恐れ入ります。今、お車をこちらに持って来ますので、もう少々お待ち下さいませ」
「すみません、お手数掛けて」
丁寧な男に小花は笑顔を見せた。
「いいえ。今日も暑いですね。お飲物どうぞ。あ、恵ちゃん。外にぞうきんを干してあるので取りこんで下さいな」
こうして恵を逃がした小花も、担当者を呼びにいく振りをして小屋を出た。
そして音も無くやって来た及川が小屋に入り、男を連行し車に乗せていった。
この電光石火の仕事ぶりに二人は今頃ドキドキしてきた。
「怖かったわ」
「何言ってんの? 小花ちゃんの演技はブルーリボン賞よ」
卸センターは気が付けば外は黄昏になっていた。二人はため息をついた。
「あーあ。今日もおしまいか。野口さんに逢えなかったわ」
「明日は逢えますよ。そうだ! お写真を送りましょう」
小花は恵と一緒にクッキーを食べている写真を野口に送った。
「あ、返事が来た! これを食べたいって、ど、ど、どうしよう」
「良かったじゃないですか。でも、どうやって届けますか」
「また返事が来た。今からここに来るって……あ、来た!」
夏山ビルから上着を翻し飛び出して来た彼を見て、小花はそっと小屋をでて車の陰に隠れた。そして小屋に入った野口と恵がラブラブになるように、両手の皺を合わせて祈っていた。
やがて二人は数分で小屋から出て行ったのを見計らって彼女は小屋に戻ったが、すでに退社の時刻であった。
……長い1日だったわ。
小花は駐車場の確認作業をし、夏山ビルに戻って来た。
「「「お疲れ様です」」」
「お疲れ様です。そうか、もう宿直さんの時間ですのね」
夜勤の担当の営業マンは、珍しくガードマンの制服の小花に感動していた。
「小花さん! あの自分は夏山バンドの演奏を何回も観ました」
「自分はいつも車の中で聞いています!」
「自分は今も聞いています!!」
「ありがとうございます。ではこれで」
でも中央第一の松田に顔を出す様に言われていたので、小花はドアを開けた。
「失礼します」
「……無い! 俺のハンコが無い?」
「自分でどこかにしまったんでしょう?書類の下とかにないですか?」
「無いんだよ……今日は銀行で使ってそれきりないんだ」
松田の助言を聞いた石原は机の引き出しも探していた。
「あの時、誰にも取られない所に置こうって思ってさ……自分でも取れない所に置いちまったんだな……」
困っている石原に風間はやれやれと声を掛けた。
「カバンの中を俺が見ましょうか………ラムネとかキャラメルしか入ってないっすね……」
「ああ。それはいつも備えてあるんだ。しっかし、無いな……」
すると姫野がついに声を出した。
「またポケットじゃないですか?風間、ボディチェックしてやれ」
「はい。ほら、立って。バンザイして」
「こうか?」
風間がポケットだけでなく体中を上から下までふわ、と撫でていた時、小花が石原の背後にそっと近づいた。
「これですか?」
「そう! それ! どこにあった?」
「首の後ろのシャツの襟に挟んでありましたわ」
「なんでそんなところに!?」
驚く松田に風間は呆れた。
「ルパンじゃあるまいし。止めて下さいよ」
「鈴子、よくわかったな」
「ホホホ。ここだけ盛り上がっていましたもの」
「そうか。今日のお姉ちゃんはお掃除さんじゃねえんだな。ガードマンか」
すると小花は嬉しそうに松田の隣に立った。
「そうですわ。石原さんを守って差し上げます」
「鈴子、いいんだよ。そんな事しなくても」
「そだよ。俺が守ってあげるよ」
「まあ?見くびらないでくださいませ。私は強いんですよ」
そんな会話の中、松田は立ち上がって小さな台所に向かった。
男性達は彼女を守るといってるが、やはりここを守っているのは小花であると知っている松田は、そんな彼女にプリンを用意していた。
今日も暑かった札幌の東区。卸センターの医薬品卸会社はこんな素敵な彼女に守られて、今日も健やかに、笑顔で、楽しく、元気に、まったりと一日の営業を終えたのだった。
完
最初のコメントを投稿しよう!