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211 祭りの後
『こちらは北海道警察です。ただ今この会場は大変込み合っております。貴重品に十分ご注意願います。繰り返します…』
夏フェスの本部がある卸センターの特設室でマイクに向かった警官は、大汗をかきながらアナウンスを終えると野口に向いた。
「では、自分達は巡回してきますので」
「お願いします。はあ……」
こんなに人が来るとは思わなかった役員達は朝からへとへとになっていた。
そんな役員の詰め所に小花が少女を連れて来た。
「野口さん。迷子の女の子です。もう大丈夫よ」
「うん」
ケロリとした顔の女の子に野口は優しく膝を付いた。
「お家の人とはぐれたんですね?今、放送を流しますからね」
「あ、野口さん、私、彼女からお父様の特徴を伺いましたので、私がアナウンスしますわ」
そう言って少女と手を繋いだままの小花はマイクに向かった。
……ピンポンパンポーン!
『迷子のお知らせです。簾舞からお越しの佐々木三郎様。お嬢様が卸センターでお待ちでございます。迷子の佐々木三郎様……』
そしてマイクをオフにした小花に少女はうんと頷いたが、野口は首を傾げていた。
「小花さん?……それではお父様の方が迷子のように聞こえますが」
「いいの!パパが勝手にいなくなったんだもの」
「まあ。そんなに怒ってはいけないわ?さあ。これをどうぞ」
そういって小花は少女を座らせスポーツドリンクを飲ませていた。足をぶらぶらさせていた少女の所に、警官が戻って来た。
「……スリの被害です!さあ、こっちですよ」
白髪の高齢の女性は警察官に支えられてやって来た。この様子に小花は彼女にはスポーツドリンクを差し出した。
「まあまあ!お婆様。大変でしたわね」
「本当だよ。やれやれ……」
老婆はそういって小花の勧めた椅子に座った。
「すみません!そいつがスリなんです!今、応援呼ぶんで」
「えええ?」
老婆スリを見た少女は、この様子をじろじろ見ていた。そこへ刑事がやってきた。
「どこですか?……あ。いた!もう。またあなたですか?」
及川刑事を見て彼女は立ち上がった。
「さあ、行くか。どっこいしょっと!ごちそうさま。はい、これ」
そういって小花に紙コップを渡して、老婆は警官と行ってしまった。
「刑事!あの婆さん、財布を5個も持っていました」
「……まったく。あ?小花さんじゃないですか?」
「及川刑事。本当にあのお婆さんはスリなんですか?」
「そです!顔を憶えておいた方がいいですよ。ん?君は迷子かい?」
「違うよ。パパが迷子なの」
「ハハハ。それは失礼したね。お嬢ちゃんも気を付けてね。あ?そうだ、小花さん……」
そう言って及川は小花に向かった。
「最近、この卸センターのATMで詐欺の被害が合ったんです。もし不審な人物がいたら教えてほしいんですよ」
「わかりました。ご連絡先は?」
「これ自分の連絡先です。いつでも掛けてください」
なんか親しそうな二人に野口がやっと入ってきた。
「小花さん。こちらの方は?」
「ああ。警察の方ですわ。東署の」
「失礼しました。自分は及川達也と申します。では、これで」
この大人三人のやり取りとじーっと見ていた少女だったが、とうとう父親がやって来てしまった。
「いた!」
「いたじゃないでしょう?パパ!お姉さん達に御礼を言ってよ」
「すみません……あの、うちの娘がお世話になりました。さあ、行こう」
「う、うん。お姉さん、またね!」
まだこのドラマを見ていたい少女だったが、父親と帰って行った。
「さて。今はまだ10時ですか。夏山バンドまだですよね」
「はい!そうだ?野口さんはお腹が空いていませんか?私何か買ってきますわ」
五社の役員がいるが、夏山以外は必死で販売しているで、実質は野口が一人で留守番状態であった。こんな彼の為に小花は彼の食べ物を調達しに夏フェスの会場にやってきた。
「人がいっぱい……これじゃスリも来るわね。まあ、靴もいっぱい?」
靴のピラミッドに驚いた彼女は、飛ぶように売れているコーヒー豆や、タオル詰め放題に夢中になっている客を見ながら、夏山焼きそばのテントにやってきた。
「お二つください」
「お嬢?さあ、どうぞ!二つと言わず十でも百でも」
「そんなに要りませんわ?皆さん、暑いので水分取ってくださいね。では」
小花の社交辞令に喜んだ中央第二の社員達の気持ちも知らずに彼女は卸センターへ戻ってきた。その時。仲間の声がしてきた。
「いらっしゃいませ!綿あめです」
「どうぞ!100円です」
「まあ。皆さま……ここで何をなさっているの?」
「あ、小花ちゃん。私達綿あめを売っているのよ」
代表してサリーは説明した。
「聞いてよ!小花ちゃん。うちの倉庫をお掃除したらこの機械を発見したの。だからザラメだけ買ってここで売っていたのよ。そしたらさっき怒られたの」
「そうなの!勝手に商売しちゃ駄目だって。ちゃんと保健所の許可は取ったのに」
するとアッコはマコに向かった。
「でもね。よーく考えたら、夏フェスの人の許可も貰わないとダメじゃないの。この場所や電気を使うんだもの」
「ダメよ?アッコちゃん!そんな事をしたら利益を持って行かれるじゃない!
こういうのはモグリでやらないと」
「……あのですね、皆様。これは卸センターの行事ですから、やはり勝手な事はダメですわ」
すると四人はシューンとなってしまった。
「でも、もう販売しているし、使用料を払えばよいと思いますよ。誰か一緒にお願いに行きましょう」
「わかった。私が行く!小花ちゃん一緒に来て!」
こうして小花は鼻息の荒いサリ―を連れて卸センターの詰め所にやってきた。
「だいたいもう販売しているんだから、こういうのはやったもん勝ちなのよ、あ、野口さんなの?」
相手が野口と知ったサリーは、急にしおらしく、彼にもたれて行った。
「お願い!野口さん!私たちを見逃して……」
「……無理です。ですが売り上げの半分を頂ければ」
「そんなに?取り過ぎよ!」
「あのですね。さっき他の役員と話をしていたんですが、そもそもその機械は会社のものですよね?それをサリーさん達は無断使用されているわけですよ」
「それを言っちゃお終いよ……」
ここで小花が間に入った。
「野口さん。みんな、悪意は無いのよ?ただ欲に目がくらんだだけなの、そうでしょう?」
「そうよ。お金が欲しかったの」
「はあ……でも、みなさんで夏フェスを盛り上げるために慈善で行ったとすれば、まあ、誰も責めませんから」
「あーあ、私……せっかく機械を磨いて使えるようにしたのに……売り上げをそんなに持っていかれるなんて……」
欲の皮が張っていたサリーは悲しくてめそめそしていたが、そんな彼女に小花は優しくスポーツドリンクを渡した。
「さあ、これをどうぞ。でもね、サリーちゃん。たくさん売れば売り上げの半額でも大きいですよ」
「そうか……ガンガンつくって、バンバン売ればいいのね?」
「そうですわ!ジャンジャン配って、どんどん売れば良いのよ」
「こうしちゃいられんわ?ごちそうさま!じゃあね!」
そういって笑顔で去ったサリーに野口と小花はくすと笑いながら椅子に座った。
「はい、どうぞ。野口さんの焼きそばですわ。今召し上がりますか?」
「……お腹は空いていませんが。今しか食べる時間がなさそうですね」
野口はちらと時計を見て応えた。
「私もバンドの前に食べますわ。あ、紅ショウガだわ……すみません、野口さん。これを受け取って下さらない?」
「いいですよ。その、赤くなった麺も私が食べますよ」
「助かりましたわ。よし!これでいいわ」
こうして二人は仲良く焼きそばを食べていた。
「あ、ずるい!なんで二人して食ってんですか」
「ごべんなざい西條さん」
「小花さんいいんですよ。西條君、駐車場の方はいかがですか」
「ガードマンが誘導しているので大丈夫っす。それにしてもすごい人ですよ」
「そうみたいですね。売れ行きはどうなのかしら……あ?私、そろそろ行かないと」
「西條君。ここはいいから、小花さんをステージまで送ってください。人が多いので」
遠慮する小花だったが、西條は彼女をエスコートしバンドメンバーまで連れて行った。そして西條は夏山焼きそばのテントで話をしてステージの近くに戻ってきた。
「あ。社長。なんで隠れてるんすか?」
「おう……歌はもう始まるんだろう」
小花にステージに誘われた慎也は、どうしようかな、と人ごみに隠れていたのだったが、やがて始まった演奏に感動していた。
……小花さんの歌、いいな……でもこの曲は、俺が歌わないと……
彼女を幸せにするという内容の歌に、自分を重ねた慎也は思い切ってステージに上がった。
そして小花とその仲間達と一緒に、ステージで熱く歌ったのだった。
「はあ……どうだった?西條」
「すげ。俺も感動で涙が……アハハ」
そういって西條は慎也の背をばんと叩いた。
「今度はカラオケで歌いましょうよ」
「ハッハハ。さあ、片付けか……」
他社の社長達は必死で販売していたが、お気楽な慎也は後片付けを手伝っていた。
「おお!靴の山が無くなっているし?良かったですね、七星さん」
「夏山さん?ありがとうございます。これで倉庫がすっきりして他の物が置けますよ。あ、これ残り物ですが、よければどうぞ」
「これは……ここに置いておけば欲しい人が持って行くでしょう」
「そうですか?では他の物そうしようっと」
そういって七星は売れ残ってしまった極端に小さい靴と、大きな靴を「もらってください」、とダンボールにマジックで書いていた。
そしてコーヒー豆のアリタでは、社員が輪になって話し込んでいた。そこにやってきた慎也にアリタの社長が声を掛けて来た。
「夏山さん。来てください」
「なんですか?」
みるとそこには野口がブレンドしたコーヒー豆があった。
「あんまり売れたものですから我々でこのブレンドを真似ようと思っているんですが、わからなくて」
「あの、夏山さん。これって、本当にうちの豆ですよね?どうしてこんなに美味しいんだろう。おかしいな……」
自社の製品に疑問を持つ社員達に慎也は頭をかいた。
「そうですか。一応秘書に聞いてみますが、あいつはケチなのできっと教えて
くれないですよ」
ああ、やっぱり、と言う顔の彼らを後に慎也はタオルの今西に向かった。
「あ?夏山さん。これ見てください」
「……見事に完売ですか、あれ」
タオルの中からでてきた紙切れに今西の社員達は興奮していた。
「宝くじですか」
「そーなんです。なぜか出て来まして」
「うわ……もうそれ期限が切れていませんか」
「今、社員が確認中です!どうだ?これは」
思わぬ宝物に興奮している彼らを他所に、慎也は包装容器のユメジマにやってきた。
「夏山さーん!今日はお疲れさまでした」
「いかがでした?売れ行きは」
「はい!ありがたいことに、ほら!」
店内の棚はすっからかんになっていた。
「ほとんどが一般客の買い物ではなく、四社が使ってくれた分です。本当に、本当にありがとうございます……」
慎也の手を握るユメジマの社長に、彼はこちらこそと首を振った。
「自分は焼きそばしかしてませんし」
「何を言うんですか?あのステージで歌ったじゃないですか?あれは私の青春の歌ですよ?しかもあれのおかげで客は随分長く残って飲食したって聞きました」
「そうなんですか?嬉しいな」
するとユメジマ社長は目をウルウルさせて慎也を見つめた。
「今回の夏フェス、夏山さんは参加しなくしても良かったのに。こうして運営やバンドをしてくれて……四社の社長と話していたんですが、本当に感謝しているんですよ」
「何を言うんですか?我々は卸センターの仲間じゃないですか?自分達が出来る事をしただけですよ」
ううんとユメジマ社長は首を横に振った。
「みんな自分の事で精いっぱいなのに……人の事まで思えるあなたを見て、お父様もきっと喜んでいますよ」
「……そうでしょうか。自分は未熟で恥ずかしいです」
義母と妹を追い出した彼は、父に申し訳なくて常に自分を責めており、こんなに褒めてもらっても心がチクとしていた。
「そんな事ありませんよ。では打ち上げで逢いましょう!」
ユメジマの建物から出た慎也が見渡すと、もう片付けは済んでいた。
夕暮の空気はノスタルジーに包まれており、慎也の心は寂しい気持ちになっていた。
「社長。すみませんがお手を貸していただけます?」
「小花さん?いいよ、何をするの」
「このリヤカーを押して、ゴミを載せるんです」
「良いよ。俺が引くよ」
そう言って慎也はリヤカーを引きだした。その荷台に小花はどんどんゴミを載せて行った。
しかし社長がゴミを集めている光景に、中央第二の社員は青ざめて自分が代わると言いだした。
「いいの!俺はこれがいい!ねえ、小花さん」
「すみません。うっかり頼んでしまって、あ、待って!そこにもゴミだわ」
こうして二人は仲良くリヤカーでゴミを回収して行った。
「小花さん……今日もありがとう、ステージとかさ、こういう仕事に誘ってくれて」
「まあ?私は困っていたので頼んだのですよ。御礼を言うのは私の方です」
「嘘ばっかり……」
「あら?飛行機雲だわ」
「誤魔化そうとして……」
「みて?一番星ですわ」
「小花さん……。俺は君を離さないからね。ずーっと夏山にいてもらうからね」
この声が聞えた筈なのに、彼女は何も言わずに微笑んでいた。
「おい」
「きゃあ?姫野さんですか?びっくりした」
「何がびっくりした、だ。お前、向こうでお掃除隊が呼んでいたぞ、なんか売り上げの配分がどうのって」
「ええ?まだ揉めているのかしら?すみません。このリヤカーはあそここが終点ですの」
そういって姫野に頼んだ彼女はお掃除娘の所に走って行った。
この後姿を姫野と慎也は黙って見ていた。
「姫野。手伝ってくれ」
「はい……それにしても、大盛況でしたね」
「ああ。卸センターに協力出来て良かったな」
すると姫野は何を言っているの?と言う顔で慎也を見た。
「……そうですか。社長は御存じなかったのですね。実は今日は風間薬局の薬の販売の他に、血圧計などの医療器具や電子拡大鏡を本社の在庫を全部、売ったんですよ」
「全部?」
「はい。他にも健康診断を受けたいという相談がありましたので病院を紹介して予約も入れました。自分は暇でしたので受けた相談はすべて対応しました」
「ちなみに。その健康診断って、何人紹介したんだよ?」
「さあ?団体もあったので、百人以上かな……。数えて無いので不明ですが、あ、もちろん色んな得意先に回しました。他には補聴器の事もありましたが」
「もういい……なあ、姫野、小花さんの事だけど」
「はい。好きなるのは止めてください」
「わーかってる!あのな。ずっと夏山にいてくれないかな……彼女がいると、皆が優しくなるって言うか、空気がさ、こういいんだよ」
これに姫野はふっと笑った。
「笑ってすみません。言いたい意味はわかりますよ、自分もそうですから」
そういって二人は仲良くリヤカーを引いて行った。
その頃、綿あめの件でお掃除娘は揉めていた。
「あのですね。もう一度サリーちゃんの計算を言って下さいませ」
「だからね。売り上げから材料費を引くでしょう?そして今日の私達の交通費、飲み物代や掛かった経費を引くでしょう?これを半分に」
すると野口が待ったを掛けた。
「恐れ入ります。いいですか?最初に売り上げを半分にします」
「「「「いや?~~~~!」」」
「そしてその半分から今の経費を引きます。そして機械の使用料を引きます、そしてその残りを君達で四等分です」
「そんな計算じゃ……何も残らないわ?」
「どうしよう……これを見込んでカードで買い物しちゃったわ」
「私もよ。財布はすっからかんよ」
「今夜は水を飲んで寝るしかないか……」
こんな乙女達に、野口は澄まして封筒を渡した。
「ええと。これは実行委員からです。本来は出ませんが、予算が余ったのでお弁当代で支給します」
「「「「きゃ~~~~~!」」」」
「野口さん大好き!」
「私も好きーー!」
サリーとマコはそういって野口の腕に抱きついていた。
「私はもっと好き!ね?野口さん!」
そう言って抱きついたメグをアッコと小花は黙って見ていた。
「アッコちゃんは行かないんですか?」
「うん。そこまですることないかなって思うの」
「フッフフ。私は外にいますね」
こうして小花は一人外に出て来た。
西の日が眩しい卸センターには乾いた夏の風が吹いていた。
遠くにいる慎也と姫野に手を振った彼女はもう泣いていなかった。
卸センターの夏フェスは悲しみを幸せに変えて、オレンジ色の幕を閉じたのだった。
完
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