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やがて壱矢はそっぽを向きながらボソッと呟いた。
「別に……不幸だった訳じゃない」
「え」
「母さんがいたからオレ、別に不幸じゃなかった」
「……」
「子どものオレには分からない事情っていうのがあったんだろうと……今だったら理解出来るし、それに」
「……それに?」
「と、父さんのことは母さん、いつも凄くいい風にいってて……凄く好きな人の子だからオレを生んだんだって……それだけで幸せだっていつもいってて父親の分まで愛されてたから全然不幸じゃなかった」
「い、壱矢!」
(それを佐野さん本人の前でいわれるのはとてつもなく恥ずかしい!)
「だからオレ、あんた──と、父さんのこと、恨んでないから」
「壱矢くん…」
「先刻いったこと…! 守ってくれればいいから。母さんを幸せにするっていうの」
「~~壱矢…」
不幸じゃなかったといった壱矢の言葉が母親として最高に嬉しい賛辞でまたしても涙が溢れて来てしまった。
「おい、母さん泣き過ぎ!」
「だ、だって……だってぇ~~」
「櫻子ちゃん、俺、櫻子ちゃんを絶対に幸せにするから。だから泣くのはもう今日限りにするんだよ」
「……はい」
小さな想いが桜の花びらとなってユラユラ水面を漂う。
小さな花びらが沢山集まってやがて筏のように形を成す。
その花筏はこの先何処に辿り着くのだろう──?
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