南原商事

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「ありがとうございます。助かりました」 「いえいえとんでもない! また何かあったら言ってください! じゃ私はこれで!」 「ちょ、ちょっと!」  僕は颯爽と立ち去ろうとする山田さんを慌てて呼び止めた。 「はい? なんです?」 「いや、見積もりの件は……」 「ああー! すっかり忘れてました!」  山田さんは大声で笑っていたが、こちらとしてはそれが本題。忘れてもらっちゃあ困るんだよなぁ。 「上のブースで話しましょうか! 行きましょう!」  踵を返して歩き出す山田さんに僕はついて行った。  15階にある開発技術課のフロアは細かく係に分かれており、担当の係ごとにテーブルが区切られている。  フロアの奥の方に行くと、商談や小会議用のブースがいくつかあった。僕と山田さんは“3”と書かれたブースに入った。 「ここでちょっと待っててください。今見積書持ってくるんで!」  そう言うと山田さんはフロアに消えていった。  その隙に、僕はブースから見える範囲でフロアを見渡した。整然とされた清潔感の溢れる空間。仕事のしやすいように考えられた、効率的な配置のデスク。皆が皆、生き生きと働いてるように見える。今の僕とは大違いだ。 「お、ま、た、せ、しましたー! はいコーヒー!」  戻ってきた山田さんはコーヒーまで持ってきてくれた。 「ああ、すいませんお構いなく」  僕は定型文的にお礼を言うと、1口飲んだ。美味い。深みがあって酸味は少なく、香りがいい。たまらずもう1口。コクが凄い。 「……美味いでしょ、うちのコーヒー」 「は、はい、美味いです」  珍しく山田さんが小声だったので少しドキッとした。 「うち、コーヒー好きが多くて! 私もその1人なんですがね! 豆から挽いて淹れるんですよ!」  自信満々に語る山田さん。ドヤ顔が凄い。でもそれも許せるくらい美味い。
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