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「だからさ、もし永野さんがお店持つ事になったら、一番に教えてよね」
リュックを背負い、胸の前のバックルをカチッとはめる。その仕草のひとつひとつ、なぜか目が離せない。
「何で?」
「たぶん俺、上得意になる自信ある。お店のケーキ、全部買い占めるかも」
ニッと笑う頬には、片側だけえくぼがあった。
目尻には控えめな小さいほくろが見えて、実は泣き虫だったら面白いなと勝手に妄想が膨らむ。
「チョコレート苦手なのに、全部買い占めるって無茶苦茶だね」
入り口に向かって歩きながら、隣の悠真くんを見上げる。いつも見送るのは水野さんだったから気付かなかった。私の頭ひとつ分も、彼は背が高かった。
「買い占めないと、食べられちゃうから」
「え? どういうこと?」
言いながら入り口の扉を開けると、冷んやりとした風が体の熱を奪っていく。
「だって永野さんのケーキも、」
だけど寒さで縮こまった筈の私の体は、たった一言で熱を持つ。全く興味の無い年下くんの、全く深い意味なんてないだろう社交辞令。
「永野さんも、独り占めしたいから」
それでもチョコレートよりも甘いその一言が、私のバイアスを溶かしていったのは確かだった。
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