愛というものをさだめられた日。

15/26
67人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
  「久遠寺さんは、どうして菜々子をそのままにしておいたんですか。一色のことにしても、そうです。自分が久遠寺仁と同じ轍を踏んでいることに、何故気付かなかったんですか」  俺の手に重ねられた、陽香の手。そこにぽとり……と滴が落ちる。  けれど今はそれを拭うことができなくて、唇を噛みしめた。 「……おっしゃる通りです。こんなことになるまで、家の中の歪みから私は徹底的に目を背け、自分の娘さえ他人の手に委ね続けていました。返す言葉も、ない」  けれど……と久遠寺さんが自分の膝に置いた手にぐっと力を込めるのが目に入った。 「私の妻は──久遠寺仁の妻だった女性なのです」  冷たく緊張をはらんだ、久遠寺さんの声。ハッと顔を上げてしまった。 「戦争中でもあるまいし、時代錯誤と言われてしまうかも知れませんが。久遠寺というのは、そういう家なんです。もともと妻は久遠寺と取り引きのある家の娘で……兄の仁が亡くなったからといって、放り出すことなんてできなかった。兄から何もかも受け継ぐ形となった私が、そのまま彼女を娶ることに。けれど、私は妻を愛することができなかった。そんな時に、愛美の母親と出会いました」  久遠寺さんの顔が、強張っていた。 .
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!