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悔しい時のそれでも腹立たしい時のそれでもなくて──泣くのを我慢しているだけだった。
陽香の唇に自分のそれを寄せ、軽く触れさせる。
「どうしたらいい? どうしたら、俺と一緒にいてくれる」
「……っ」
答えようとした陽香の唇を、今度は勢いをつけて塞いだ。引き攣れるような痛みが、腹に走る。弘毅のひどく鬱屈した想いを、ナイフという形で受け止めた傷痕だ。それがしばらく俺を苛むことは、もう仕方がない。
陽香の腰が落ちてしまわないように、ぐっと抱きしめる。湿った粘膜を合わせるだけのキスに、陽香がとうとうその目から涙をこぼした。
「……っもう……馬鹿言わないで……っ」
「だって」
「仁志くん、こんなことしてられる体じゃないって……」
「こんなことって、何。……大事なことだよ」
「んん……」
くぐもった陽香の吐息は、それだけで俺を温めてくれる。心も──体も。
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