震える塊

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震える塊

みちるちゃんは僕の部屋に来るようになってから、たまに僕の部屋で自作の曲を歌って聴かせてくれる。 日曜日の午後、少し開けた窓から入る風で揺れて光るカーテンの前で歌うみちるちゃんは、もはやこの世のものとは思えず、僕はいつもその肩に天の羽衣を探すはめになる。 曲を聴いている間は、なぜ、みちるちゃんが僕の部屋に来るばかりで自分の部屋には招いてくれないのかとか、たまに連絡がつかなくなるときなどは何をしているのかとかは、一切考えなくて済んだ。 だから、僕はそれで満足しなければいけなかったのだけど、どうしても、ステージに立ちスポットライトを浴びながら歌うみちるちゃんを、もう一度見たいという願望が日に日に強くなって、とうとう今日それを実行に移そうとしている。 みちるちゃんはブログをやっていて、自分が出るライブの情報を毎回載せているから、場所や時間は簡単に知ることができた。 仕事を終え更衣室で着替えていると、既にかすかに緊張していた。 ライブに来ることは、みちるちゃんから止められていた。だから、うしろの方で静かに曲を聴いた後は、速やかに帰るつもりだった。 がしゃ、と荒い音がして更衣室の扉が開く。パーテーションと、それと同じ厚さしかなく頼りない扉が震える。 「お、小泉」 棚木だ。こいつは力加減というものを知らないのだろうか。そんなに強く引かなくても扉は開くのに。 「今日、行く?」 グラスを持ったような形にした右手を口元に持ち上げ、棚木はくいっくいっ、と二回振った。僕は鼻から息を吐き、目だけで天井を仰ぐ。 「行かないよ。今日平日だし、用事あるし」 「用事」 棚木がニヤリと笑う。 「お前、彼女できたろ」 「は?」 「図星だな」 棚木は僕の背後に周り、右腕をガシッと僕の肩に回した。固い筋肉の感触と圧に、自然と身が縮こまる。 「水臭えな、なんで黙ってんだよ」 「まだ、いるとはいってないだろ」 「今度紹介しろよ。三人で飲もうぜ」 僕は棚木の腕から抜け、顔をしかめ肩を軽く叩いた。 「帰るよ、お疲れ様」 「つれねぇなぁ小泉は」 僕はそそくさと身支度を整え更衣室を出た。 閉じようとしている扉の隙間から中を振り返ると、棚木が笑みを浮かべながらまだこちらを見ていた。 なんだか背筋に冷たい物が走り、慌ててその場を後にした。
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