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10
柴田愛美の家は知っていた。一軒家で両親と同居している。
俺は『リクルートスーツ』と云う名前に変わることの無いダークスーツを着て、玄関で愛美の帰りを待っていた。
夜11時頃、俺を丁度LINEでフったのと同じぐらいの時間に愛美は家に帰って来た。純白のドレスではなく、水商売で働いている女性のようなケバケバしいミニスカートの派手な衣装。俺の姿を見て気まずそうに一瞬立ち止まった。俺と愛美は3mほど距離を空けて対峙した。
仕事がやり易い。
「愛美……」
愛美は一拍置いて、
「三上さん……」
下の名前では呼んでくれなかった。彼女の愛は最初から無かった。
しかし、俺はジャケットの右ポケットに入れた王水の瓶を右手で掴みながらも、愛美に最後のチャンスをあげる。
「弁明することはあるか?」
愛美は表情を喪失して下を見ていた。
無言。
謝罪の言葉は無かった。
「さようなら、愛美」
俺はポケットから王水の入った瓶を握ると、そのまま愛美の顔に目掛けて投げつけた。王水の瓶も中々堅いから、強めに投げた。
「きゃああああああああああああああああああああああああああ!」
王水の濃塩酸と濃硝酸が愛美の顔を溶かし始めた。愛美の美しさが煙と悲鳴を上げて崩壊していく。瞼は溶けて、あっと言う間に眼球まで溶かし、失明しただろう。愛美の白い素肌は王水の橙赤色より真っ赤に染まっていき、赤い血液が火砕流の如く沸騰したように噴き出してくる。黒い髪の毛がどんどん抜け落ちて、もうこの世に居るどんな女よりも醜く腫れ上がった顔に変わった。
心と身体の醜さが一致した時、愛美が本当の愛美になった。
愛美の両親や近所の人々が愛美の悲鳴を聞いて、何事かと思って外に出て来る。愛美の両親が自分の顔を失った娘を見て、自分達も王水を掛けられたように苦悶に満ちた表情に変わって面白かった。
俺はその場から走り出す。どうせ警察に捕まるのだから、今のこの瞬間だけは人生で最高の笑顔を作って走った。
与野さんが俺に教えた通り、俺はきっと良い顔だったに違いない。
自分の顔は自分で見えないけど。
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