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チョコレート・コスモス
自転車のカゴに通学バッグを載せると、小箱がコトリと音を立てた。
二月十四日、小箱の行き先はもう決まっている。
外の空気はびっくりするほど冷たくて、毎朝のことなのに全然慣れそうにない。マフラーをキュッと締めると、ちょっと息苦しいけど温かくなった気になれる。
おそろいで先輩の分も編んだのに、受け取ってもらえなかった。「彼女に怒られるから」って。パパに渡したら泣いて喜んでくれて、泣きたいのはこっちだよ、なんて思いながらも少し気分が晴れた。
いつもより早く出たからかもしれない、通学路には誰の姿もない。ついこの前まで、親友のサキちゃんと一緒に通っていた道。サキちゃんは「係の仕事で」と言っていた。理由はともかく、朝も帰りも別々になってしまって、さみしい。
サキちゃんはかわいい。ふわふわと話すし、一生懸命に相槌をうつ。背が小さくて、ひかえめで、ぴょこぴょこと歩く姿は子猫みたいだ。
「二人だけの秘密だよ」と、サキちゃんは同じクラスの三嶽君が好きだと教えてくれたから、私も桃田先輩が好きだって打ち明けた。秘密を共有するのは親友の特権だ。ずっと親友として私の横にいてくれたら嬉しい。
音のない道を走るのは気持ちがいい。コンクリート橋の向こうに学校が見えてきた。橋の真ん中で自転車を停めて、降りる。
通学バッグから取り出した小箱は、私が選んで買った包装紙に包まれている。たくさんのコスモスに埋め尽くされた包装紙は、幼すぎたかもしれない。中身はもちろんチョコレート。気持ちを込めた手作りだ。
凍てついたコンクリートの上に、小箱を置く。
ねぇ、サキちゃん。私は大親友のサキちゃんも大切だし、大好きな先輩も諦められないんだ。今はダメかもしれないけれど、先輩の卒業まではまだ時間がある。真面目なサキちゃんは、私の好きな人のことを知りたかっただけかもしれない。でも、サキちゃんのかわいさは誰だって惹きつける。だから、誰が悪いわけでもないけれど、先輩にはコスモスの花みたいに小さくてかわいい彼女ができた。
私、全部、知ってるんだよ。
コスモスに包まれチョコレートの匂いを放つ供物に、そっと両手を合わせた。私とサキちゃんの、私と桃田先輩の、恵まれた前途を願って。
「ああ、どうか。あの子の恋なんか終わってしまえ」
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