第1章 かすかな振動

3/5
前へ
/12ページ
次へ
俺は焦っていた。もう中学三年生である。 卒業アルバムに掲載される自由作文の下書きを書かなければならないのだが、原稿は未だに一文字も埋まっていない。何も書くことがないのだ。 必死に学校生活を思い出そうとしたが、頭をよぎるのはエロ本探しの日々ばっかりで、わざわざ原稿に書き出すような立派なことは何一つ成し得ていないと、惰性で生きてきたと痛感するだけだった。 何かに本気になったこともないし、すると何も残らない。俺は今までの時間何をやってきたんだ…。 俺はひとり、ため息をついた。ざわつく教室の隅、いらだった気持ちは行き場を無くしたよう。 「…おい、聞いたか?」 「ああ、イシザキの奴、童貞卒業したからってこの頃いい気になってやがる」 ここ最近、どこのどいつもこんな話ばっかりしている。ヤッたかヤッてないないとか、童貞だとか童貞じゃないとか。そんなくだらないもので人の価値が決まるわけないというのに。 そこまでひどく気になるということは、そんな些細なことに囚われて生きる不自由な人たちなんだろう。 「でもお前彼女すらいないだろ」 どきりとして変な汗が出た。後ろではけらけらと笑う声。 「なんだ、イシザキか。そういうお前はどうなんだよ」 イシザキとはあまりしゃべったことないが、最近絡んでくるようになった。 「お前、今の話聞いてただろ?事実はご存知の通り。だが、ユージよ。やっぱりお前もそういうのを気にするタチなのかい?まあ当然っちゃ当然かもな。男子にとって童貞卒業は義務みたいなもんだからな」 「俺は気にしてない」 「気にしてない割には、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるぜ」 ほっとけ、と言おうとして口をつぐんだ。イシザキはそれを見逃さなかった。 「まあ、こうなったのも自己責任だよな?現実ってのは、過去の選択の結果だよな?」 「何が言いたい?」 「お前は卒業もできないくだらない奴なんだろ」 腹が立った。「囚われて生きる不自由な」奴に、そんなことを言われる筋合いはない。 同時に、図星を刺されたと思った。関心のないふりをしつつ、貞操を気にしている自分にうすうす気付いていたのであるが、こう他人に言われるとなると、ヤワな部分にナイフを刺されたかのようだ。 「おいおいユージ、そんな怖い顔すんなって。卒業までに卒業すればいい話だ。人間ってのは皆結果主義者だからな。お前みたいな奴でも、卒業さえすれば、なんとやらよ」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加