6話

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6話

 晴斗は一瞬だけ、富之の言葉に耳を疑ってしまった。彼は一体何を言っているのだろうかと思った。けれども、真っ直ぐに見つめてくる富之の緋色の瞳に怖気づきそうになる。 「晴斗くんが『ナイトムーン』っていうお店から、男性と出てきたのを見てしまったんだ」  表情が変わらず淡々とした口調で、富之は口を開いた。その言葉に、晴斗は冷水を浴びせられたかの様に、言葉が出なかった。『ナイトムーン』という飲酒店を調べれば、ゲイバーだという事が分かってしまう。恐らく前の金曜日の夜に、愁と一緒に店から出て行く所を見られてしまったのだろう。晴斗の心臓はバクバクと脈打った。 (どうしよう……知られてしまった……)  ここで強く否定すれば、または冗談交じりに否定すれば良いはずだった。けれど、富之の口調は断定的ではっきり「見た」と告げていた。晴斗は、ゲイバーに通っていることを同じ大学生に知られてしまった事に、強く衝撃を受けてしまい身体が震えてしまう。富之の視線に耐えられずに、思わず目をぎゅっと瞑り、黙り込んでしまった。富之は他の大学生に晴斗がゲイバーに通っている事を言いふらしてしまうのだろうかと、次々と悪い想像をしてしまう。晴斗は顔を青褪めながら、何か言わなければいけない。けれども、何を言えばいいんだろうかと、頭の中がぐるぐると回っていた。黙り込んでいた晴斗に対して、富之はすぐに謝罪した。 「ごめん、別に在原くんを咎めるつもりじゃないんだ。……君になら、打ち明けてもいいかなって思って」 「えっ……?」  一体、何を打ち明けるのだろうかと気になってしまった晴斗は、瞑っていた目を開ける。そこには真っ直ぐな視線で、けれども、何処か真剣な瞳で見つめてくる富之の姿があった。富之は深呼吸をしてから、口を開いた。
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