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その愁の答えに晴斗は、何処か執着めいた力強さを感じて、目を瞬かせた。晴斗は、過去に愁に何があったのか、今までどう生きてきたのかは知らない。知らないからこそ、何も言えずに黙って耳を傾けていた。
「だから、俺は『金』しか信用していない」
そう吐き捨てるように呟いた後、愁は晴斗の蜂蜜色の瞳を射抜くように見据えた。晴斗は思わず、どきりと心臓が跳ねる思いだった。
「……お前はそんな俺を軽蔑するか?」
何処か自嘲気味に笑いながら問いかけてくる言葉に、晴斗は静かに首を横に振っていた。そんな晴斗の姿に、愁は怪訝そうな表情を浮かべて「何故だ」と強く問いかけてくる。
「……確かに、俺はあなたのことを、詳しく知りません。でも、あなたと過ごした夜は、どれも俺にとっては、忘れられない最高な夜だから……」
「それは金を貰っているからだ。……金、払えなくなったら、すぐにお前の事を忘れるかもしれないぞ」
「……それでも、俺は忘れないので」
例え、その優しさが嘘だったとしても、確かに愁は晴斗のことを優しく抱いてくれた。その事実さえ、あればそれでいい。そう臆病ながらに、おどおどとしながらも意思の篭った蜂蜜色の瞳で、笑みを浮かべて晴斗は自分の考えを告げる。晴斗は、きっと愁と過ごした夜の事を絶対に忘れられないだろう。金を払って買うという歪な関係性だが、それでもいいのだと思った。それ以上は求めてはいけないのだろうと晴斗は考えた。
そんな晴斗に対して、愁は溜息を吐くと抱き寄せた。そうして、晴斗の耳元で「…まだ時間はある、寝ろ」と囁いてくるので、晴斗は素直に頷いて、抱きしめ返すと、愁の胸元に顔を埋める。香水をつけているのか、良い香りが漂った。
不思議と愁と一緒に眠っていると、落ち着いて安心感が得られた。晴斗はこのまま夜が明けなければいいのにと、思いながら深く眠りに着くのだった。
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