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綺麗にラッピングされた勿忘草の花束を見つめながら晴斗は、いつもなら夜遅くに行く所を、夕方頃に『ナイトムーン』の飲酒店に向かった。店内に入って、辺りをきょろきょろと見回してみると、客の姿があまり無かった。いつもカウンター席に座っている愁の姿が無い事に、晴斗は一安心した。もしも、愁と直接出会ってしまったら、花束を渡すどころか、未練がましく泣きわめいてしまうかもしれない。そんな失態を晒したくなかった。きょろきょろ見回してみると、いつもいる洋平もまだ来ていない事に気付く。それなばらと、晴斗は顔見知りになったマスターに対して声を掛けた。
「あの、すみません……」
「おや、どうかされましたかお客様?」
「この花束を……、いつも、この席に座っている睦月愁さんに渡してもらえませんか?」
「睦月様に、ですね。かしこまりました、預かっておきます」
マスターは柔らかい笑みを浮かべながら了承するのを見て、一安心した。晴斗はマスターに小さな勿忘草の花束を渡すのだった。すると、マスターはふと何かを思ったのか、晴斗に言葉をかけた。
「もうこのお店には来られないのですか?」
「ええ……。お金、無くなって来てしまったので」
「それは、残念でならないです。ですが、またいつでもいらしてくださいね」
「はい、ありがとうございます。ここのカルーアミルク、とても美味しかったです」
いつも見守ってくれていた心優しいマスターに対して、ぺこりとお辞儀をした。本当ならば、世話になっている洋平にも挨拶をしかったが、いないならば仕方が無い。もう二度と、このお店に足を踏み入れることは無いのだろうと思いながら、晴斗は店内を後にしたのだった。
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