9話*

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 晴斗は頭に疑問符を浮かべながら寝間着姿のまま、玄関まで辿りついた。鍵は既に掛けてあったので、鍵を開けてがちゃりと開ける。どちら様ですか、と訊ねる言葉は自然と消えてしまい、晴斗は驚愕に目を見開いて、相手の名前を言ってしまう。 「しゅ、愁さん……っ!」  目の前に立っていたのは、睦月愁だった。いつもと違い前髪はあげていないが、艶やかな黒髪に空色の切れ長の瞳に黒渕の眼鏡をかけている。端正な顔つきは息切れした表情をしていて、高級そうなスーツを着込んでいた服は、今では黒色のコートを見に包んでいた。晴斗は驚いて固まってしまい「どうして…?」とぽつりと呟きを落とす。そんな晴斗の姿を知らないのか、見ていないのか。愁は晴斗に対して詰め寄ると、突然、懐から札束を出すと晴斗に押し付けてきた。 「いくらだ、いくら払えばいいんだ?」  晴斗がその言葉に対して戸惑った表情を見せると、愁は忌々し気に舌打ちをしながら晴斗を玄関のドアに、逃げられない様にして身体を押し付けた。晴斗の背中にドアの冷たい感触がした。両腕を掴まれてしまい、玄関のドアに縫い付ける様に固定されてしまう。そうして、愁の真剣な空色の瞳から逃れられなくて、晴斗は蜂蜜色の瞳で愁の事を見上げた。そこにいたのは、常に落ち着いている様子の愁ではなくて、必死な様子の愁だった。 「俺は金じゃなくて、お前がほしい」 「えっ……」 「ずっとお前が欲しかった。あの日……、晴斗が男に絡まれていた夜に、お前に一目惚れした。お前を抱いている時に、このまま夜が明けないでほしいと、何度も願った」  愁の言葉に、信じられない思いで晴斗はじっと愁の顔を見つめていた。愁は顔を歪ませながらも、晴斗に対して想いの言葉を続ける。 「……お前は、俺がどんな思いを抱いてきたのか知らないだろ。晴斗から貰った金は、一度も手を付けていない。……全額、返済すれば、お前を俺にくれるのか」
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