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「俺の客に手を出してもらっては困るな」
そう告げると、男性は座っている晴斗の手を強く掴む。自分の方に引き寄せると、強引な動作で抱き寄せた。思わず、晴斗は男性の胸元に顔を埋める形になってしまい、男性は香水でも使っているのだろうか、品の良い香りが鼻をくすぐった。晴斗は今の置かれている状況に混乱してしまっていた。抱き寄せられているせいか、顔は見えない。けれど、男性と男が、何かを話しているのが聞こえてきたが、会話内容までは分からなかった。やがて、話が終わったのか、晴斗に金を払うからヤらせろと告げてきた男は、舌打ちをしながら元の自分の座っていたテーブル席に戻ったようだった。
「……という訳だ。洋平」
「了解っと。まぁ、あの客は次から出禁にしとくね」
「ああ、頼んだぞ」
男性はいつの間にか騒ぎを聞きつけて、店内の奥から駆けつけてきた洋平に対して、何かを伝えたようだった。そうして、「行くぞ」と晴斗の耳元に低音で囁いた。晴斗は訳も分からずに、こくこくと頷いた。男性に手を引かれて、店内を出て行くことにしたのだった。
「今日はちょっと災難だったね。でも、また遊びに来てくれると嬉しいな」
「あっ、はい……! また来ます」
店内から出る際に、洋平が近付いてくると、こっそりと耳打ちをしてくれたので、晴斗は大きく頷いてぺこりとお辞儀をした。そして、金を払っていない事に気付いた晴斗は、慌てて財布を取り出そうとした手を、男性にすっと止められる。
「マスター、こいつの分も支払う。なんせ、俺の客だからな」
「はい、かしこまりました」
「えっ!? そ、そんな申し訳ないです……!」
「今日は俺の奢りだ、気にするな」
晴斗は慌てて断ろうとするが、男性は気にした素振りも見せずに、マスターに支払いを済ませてくれた。そんな男性の行動が、晴斗の目には、スマートで格好良く映ったのだった。
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