第三章 嘘の幸せと真実の絶望と

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 俺の馬鹿な想像は玄関の扉が開いたことで凍り付いた。居ても不思議ではないのだが全く予想してなかった事だったので一瞬固まり、一呼吸置いてからお菓子を差し出しながら挨拶をした。  夕方のこの時間に居たことはなく、二、三度帰る間際に会ったことがあった。  「いつもうちのがお世話になっております」  曜子の母親だった。  今日一日浮かれていたのと、玄関前で馬鹿な想像していたアドバンテージがあったのでぎこちない会話になったが、挨拶もそこそこにして本題に。  「曜子さんはご在宅でしょうか?」  尋ねた俺に、え?という顔をしてから今はいないと告げられた。  ペンダントを渡しに来たので母親に渡してしまえば要件は済むのだが、直接渡したいという自分の我儘にしたがい胸のポケットから出すのを止めた。  「良かったらご一緒に召し上がりませんか?」  持ってきたお菓子の箱を「コレ」という感じで持ち上げて見せ、誘われるがままにリビングのソファに腰を下ろした。素直に誘いに乗ったのは、ひょっとしたら曜子が帰ってくるかもしれないと淡い期待もあったからだ。  いつもなら俺と曜子の二人分の夕食がキッチンのテーブルに並んでいるのだが今日はまだ夕飯の準備はしていないようだった。  家庭教師の報酬を頂かない代わりに夕食を頂いているのでいつも助かっていた。     
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