第三章 嘘の幸せと真実の絶望と

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 ラジオから流れてきた朗読のコーナーが丁度終わったと同じくして運転手が着いたと振り向いて運賃を要求する。  自宅兼会社のビルに戻ってきたが時刻は既に九時を回っていた。  タクシーから降り会社がある二階を見上げると電気が付いていた。  あの後、曜子の家を出て駅まで歩いて行ったがその後の記憶が曖昧だった。電車には乗ったが降りる駅を乗り過ごしたり駅のホームで暫く居たかもしれない。虚ろな状態で駅や交差点をなど事故をしないで帰宅できたものだと思う。  そのまま自分の部屋に帰ることもできたが、事務所に顔を出すと居たのはやはり所長だった。 「まだ仕事してたのですか?」 「ちょっとな。だけどもう終わるところだ」  仕事に集中してるからか、俺の顔つきがいつもと違ったからなのか曜子にペンダントを返しに行ったことは聞いてこなかった。 「今日、飲みに行くんだろ?先に行っててくれ。直ぐ行けるから」  退社する時に誘ってくれたのを覚えていたのだろうか、不甲斐ない顔をしている俺を気遣ってかわからないが、考えておきますと夕方言った事を後悔した。  人は何故、言っても仕方ない愚痴や文句を他人に言うのだろうと正直見下していた。グチグチ言う人に限って自分は正しいと思っている。だったら本人に言えばよいではないか、改善すれば良いではないか。  結局言えない相手だったり相手にされていない現状、打開策も無いだけなんだろうと、常々思っていた。  自分がその立場になってやっとわかる。人は誰かに聞いて欲しいのだ。自身がその不満を溜め込んでいる事の限界を察知して吐き出そうとする防衛本能のようなものなのだ。  曜子の問題を自分一人で抑えきれないのを自覚したのか、俺は涙を流した。
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