第三章 嘘の幸せと真実の絶望と

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 この店に来るのは今日で三回目だった。  初回は梓さんと三人で。二回目は所長と二人で来たのだが、その時も店の中はガランとしていた。  廃れた商店街から少し歩いた繁華街から身を潜めるような場所にあるそのBARはマスター一人で切り盛りしていたが、充分と言える程しかお客はいつも少なかった。 「いらっしゃいませ」  カランカランとレトロな喫茶店を想像するような鐘の音が鳴り、新たな客が入ってきたのがわかるがおおよその予想通りそれは所長だった。 「まだ注文してないのか?今着いた?歩き方忘れたか?マスター、俺はいつものとカツサンド。ウタルはマスターのお任せで」  (かしこ)まりましたと言ったマスターはカウンターに座る俺たちを残して裏のキッチンに消えていった。 「どうした?渡せなかったのか?」  小さく頷きながら俺は何から言えば自分の感情を抑え気味に説明できるのだろうかと、考えながら言葉は浮かばず頷くしかなかった。 「違うんですよ、違うんです」  自分を落ち着かせるために言葉を発し、事実を受け止めれず拒否しようとする自分を否定する。違うんですとしか言えない俺が落ち着くまで所長は黙って頷きながら聞いてくれていた。     
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