第三章 嘘の幸せと真実の絶望と

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 人は泣いた数だけ強くなれるという。  辛い時、悲しい時に泣けるのは子供の特権なんだと。  思いっきり泣いていいんだ。恥ずかしがることはない。  泣くことによって、悲しみを乗り越え易くなる。  辛さや悲しみは全て、涙で流せばいいんだよ。  俺みたいに、泣くことを忘れた大人になんかなるんじゃないぞ、と言ってトイレのある方に歩いて行った。  なにか昔の出来事を思い出しているかのようだった所長はどこか悲しそうな眼をしていた。 「元気ないのはお腹が空いてるからじゃないのか?」  トイレから戻った所長はいつも通りだった。言われみれば夕方にケーキを食べたっきりで空腹だということに気付いたとたん、所長のカツサンドが無性に美味しく見えた。 「旨いぞ、ここのカツサンドは。メニューには無いんだがな」  そりゃそうだろう。バーでカツサンドを食べる姿はミスマッチに感じる。だけど注文して普通に出てくるくらいだから所長はよく頼んでいるのだろうとわかる。 「お前も食えよ。マスター、ハムサンドお願い」 「いや、カツサンド注文させてくださいよ」  マスターはニコリとして俺の頼んだカツサンドを作りに裏のキッチンに消えて行った。途中、カツサンドにはカルアミルクよりこっちが合う、と言ってジンを二つ追加した。相変わらずよく飲む人だ。
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