第三章 嘘の幸せと真実の絶望と

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「ガクッじゃねーよ」  所長のチョップが俺の脳天に突き刺さる。  ハッと目が覚めた俺は所長と二人でタクシーに揺られていた。  さっきまでバーでカツサンドを食べていたような気がしたが、いや、所長は拳銃で撃たれて俺に全財産を託して死んだはずだが。  隣に座っている所長を見て、あれが夢だったことに気付いた俺は所長が生きていて安心してシートの背もたれに身体を預けた。 「勝手に殺すんじゃない。あとなんだ全財産を託すって」 「なんで夢の事を知ってるのですか?」  どうやらタクシーの中で俺の夢は全て寝言で聞こえていたみたいだった。完全に寝たのではなく、カルアミルクでほろ酔いになったのが寝言になったのだろう。  事実、麻薬取引の現場にタクシーで向っている途中だから、夢と現実が一緒になったのだろう。  窓から見える車のライトが無数に流れ、海に照らされた月の光が波に揺れて泣いているように見える。  俺は海に写る月が好きだった。月の引力によって潮が満ちて、波が途切れることなく永遠に押し寄せるのを見るのがとても好きで、時間を忘れて見ていた昔を少し思い出していた。  少しだけ窓を下ろして、エアコンのかかった車内に海の香りを取り入れてみる。  残ったアルコールを醒ましてくれるようだった。 「気持ちいいですね。所長は酔ってないんですか?結構ジン飲んでましたけど」 「酔うわけないだろ。ジンジャエールで」  ジントニックで飲んでいるのかと思ったがジンジャエールだったとは。そりゃ何杯もお代わりしても酔うはずがない。 「俺、飲めないんだよ」  毎回ジンを飲んでいたのにジャエールのほうかい!カルアミルクでほろ酔いするくらいだし、俺も酒は控えてみようかな。  無数に立ち並ぶビルの光を見ながら、この中で今日も新しい命が生まれ、誰かの命が失われていってるのかと思うとまた、曜子の事を思い出してしまった。悩んでも仕方ない、正面から向き合うしかないって所長に言われたばかりなのに気持ちが落ち込んでしまう。 「所長は給料何に使っているのですか?」  気持ちを切り替えようと自ら空気を変えてみた。 「可愛いお姉ちゃんの居るお店に全部消えてるよ」 「最悪じゃないですか」  あっけらかんと言う所長の言葉に俺は、計画性を持って貯金しようと誓った。
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