第三章 嘘の幸せと真実の絶望と

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 ピンチだから、自然とあの状態になれたのだろうか?  だけど所長も後ろにいたし、ピンチという程でもなかったかもしれない。少なくとも所長に頼り切っていたあの時は。  無我夢中でもなかった。 「ただ、心を落ち着かせるのに集中してるうちにあの状態になったんです。意識はあるのに、心の中に無意識の自分がもう一人いて、そのもう一人の自分が戦っているような……」  やはり、口で説明は難しかった。 「今日のはまぐれってことか?それでもいいじゃないか。最初から完璧にできる奴はいない。まぐれでもできるってことは、いつか自分のものにすれば良いだけだ」 「はい」  ここまでできた自分を常に褒めろ。これは訓練の時に所長が常々言ってきたことだった。  昨日の自分があるから今日があり、明日の自分が存在するんだ。決して無駄にしなければ自ずと道は開ける。  初めて聞いた時は、ニートで毎日を無駄に消化してきた自分を恨んだよ。だけど所長は、そんな時代があったから今の自分があると言ってくれた。  過去に違う選択をしていたら、今ここにいる未来はなかったということだ。その、かもしれない未来が幸せかどうかは関係ない。今が幸せであろうとすることだと。     
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