56人が本棚に入れています
本棚に追加
慌てて勢いよく取り出したティッシュをテーブルにこぼれた紅茶に乗せ、ハンカチで俺に飛び散った紅茶を拭いてくれた。
無防備な曜子がすぐ手の届く所にいる。俺は一生懸命拭いてくれる曜子の手を握り、強く抱きしめる……ことができなかった。
手慣れた男性なら、簡単に抱きしめるのだろうか。抱きしめたいから抱きしめる。そんな時に相手の気持ちは関係ないのか?
俺が手慣れていたら抱きしめていただろうか?考えても仕方ないが、ハプニングを利用してすることではない。
しかし、かつてこんなに接近したことがあっただろうか。勉強を教えているときにあったかもしれなが、その時は邪心という下心は全くなかったはずだ。
じゃあ今は下心があるのか。違う、下心で抱きしめたいのではない。恋心かと言われると、なにか違うような気もする。
曜子が病気だからか。可哀想だからなのか。抱きしめて何かが救われるのか。
拭き終わった曜子は離れてテーブルの上を綺麗にしてティッシュをごみ箱にポイッと捨てた。
新たに注がれた紅茶を今度はこぼさないように慎重に手に取った。
「その、治る手段とかないの?抗がん剤治療とか」
「あったよ」
あるのか。いや、あったという過去形が気になる。
「私の場合、進行が早くてね、見つけた時にはもう厳しいかもって状況だったの」
「それでも……」
最初のコメントを投稿しよう!