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思い出せるのは自分の名前と、たくさんの人が溶けていく記憶。そしてその誰もがそれを認識していない現実。俺たちはただ怖くて、そこに蹲っていた。すると瑞香が口を開いた。
「なんで…私たちだけ、生きてるの…?」
それは今の状況が体現されていた疑問だった。そうだ。俺たちはあの時、たしかに溶けた筈だ。誰からも忘れられ、この世界から溶けて消えた。なのになぜ俺たちはここにいる?なぜ生きている?今まで溶けた人達はどこへ消えた?太陽も月も見えないのに明るい世界で、どうしようもない問いを繰り返す。
「と、とり、とりあえず、自己紹介しないか…?」
達也が口を開いた。自己紹介?
「僕は達也、丹生達也(とんじょうたつや)17」
「わ、私、上川瑞香(かみかわみずか)です…。
13歳です。」
「俺は無元蓮(むもとれん)12歳。」
俺が一番年下…か。
自己紹介とはいえない自己紹介が終わると、またしても沈黙が辺りを包む。第一誰もこの状況を理解できていないんだ。今他人に構っている余裕なんか…
「まずは状況を整理しよう。」
達也の声。整理…?
「整理も何も何もわからないじゃないですかっ!」
瑞香が声を上げる。何も叫ばなくてもいいと思うが、たしかにその通りだ。この状況で何をどう整理しろと?その疑問に達也が答えた。
「ああ。確かにわからないことだらけだ。だからわからないことではなく、分かることをまとめよう。まず俺たちは自分の名前と年は覚えていた。あと他に覚えていることはある?」
覚えていること…。
「自分が溶けた事と、人が溶けていく、こと…?」
俺が達也に聞く。すると達也は無言で頷いた。
「ああ。俺もそれは覚えている。瑞香ちゃんはどう?おぼえてる?」
瑞香はしばらく考える素振りをしてから無言で頷いた。
「そうか…。じゃあ俺たちは今まで認識されることのなかった溶けるという現象を体験し、そして認識して、今この世界世界にいるということだな。」
確かにその通りか…。にしても、
「こんな状況で、妙に冷静ですね…。達也さん。」
瑞香が口を開く。その通りだ。普通こんな状況、黙り込むかいっそパニックになるのが普通だ。
「達也でいいよ。冷静か…。瑞香ちゃんも蓮君も冷静に見える?」
達也がふわりと笑いながら言う。それに対して、
「はい…。なんだか落ち着いて見えます…。」
と瑞香。俺も頷く。
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