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 その男が店に現れた時には、もう彼の正体に気付いていた。  それでも気付かないふりを敢えて装ったのは、彼が自分に気付いた時の反応を楽しみたかったのと、それはそれとして、やはり心のどこかで彼に負い目を抱いていたせいもあるのかもしれない。  だから彼が比較的早い段階で自分の存在に気付いた時、石動七緒(いするぎななお)は、正直に言えばほっとし、同時に少しだけ居た堪れなかった。 「石動……?」 「お? 誰かと思えば大河内じゃねぇか。意外だな。お前と、こんな洒落た店で出くわすなんて」 「そういうお前は相変わらず手厳しいな」  ははっ、と頬を緩める大河内の、それでも損なわれることのない精悍さに石動は苦笑する。やはり、この男は相変わらずだ。無自覚に相手の心をくすぐってしまうところも含めて。  ただ、全体としては変わった部分の方が多い。野球部のキャプテンとして毎日グラウンドを駆けずり回っていた当時の彼は年がら年じゅう真っ黒な顔を汗と土埃で汚していたし、髪型も絵に描いたような坊主頭でお世辞にもスマートな風貌とは言いづらかった。  ところが今、目の前に立っているのは恵まれた体格を仕立ての良いスーツで包んだ精悍な美男子で、当時の面影を探すことのほうが難しい。  ――それでも気付いてしまう俺はやっぱりどうかしている。
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